第4話 おもしれえ女…… ですわ!

「ちょっと! わたくしたちの神聖なプロレス…… いえ、決闘の邪魔をしないでくださる?」


 突然の乱入者の登場に、私は声を荒げて警告する。絶体絶命のピンチだったとはいえ、無関係の第三者に邪魔をされるのは我慢ならない。


 だが、威勢の良い言葉とは裏腹に足元はフラフラとおぼつかない。それを見た超絶美形の生徒会長キース・エヴィンは口を開く。


「大丈夫か? 君ッ!? 足がフラフラしているし、殴られて血も出ているじゃないか!? ひどい…… 女の子がこんな……」


 キースから向けられる憐れみの視線。それはプロレスラーとして戦う女を見る目ではない。まるで捨て猫でも見るような憐れみの視線だった。


 なぜ、キースはフローラではなく私の方に声をかけたのか? そう、たった2発のパンチを受けた私の方が、フローラよりもダメージが大きかったのだ。それが一目瞭然だったのだ。プロレスラーとして情けないことこの上ない。


「よし! すぐに保健室に行こう! よいしょ…… と」


「ちょ、ちょっと!? 何をなさるんですの!? 離しなさい! 降ろしなさい!」


 生徒会長のキースは、突然私の体を抱き抱えた。いわゆる『お姫様抱っこ』の体勢になる。それを見て周りの女子生徒たちは羨ましそうに「キャーッ!」と声を上げた。


 しかし、悪役プロレスラー『ザ・グレート夜叉』の記憶が目覚めた私にとって、この体勢は屈辱以外の何物でもない。男の腕力にあらがうことができない、か弱き女性。


「降ろしなさいってば! この!」


「はははは! 怪我をしているのに元気なお姫様だ。さあ、行くよ!」


 そして、キースは私の顔を見てニッコリと微笑むと、お姫様抱っこのまま強引に保健室へと連れ去ったのだった。



 30分後――――


「大丈夫ですか? ジェシカお姉さま……」


 生徒会長のキースは、私をベッドに寝かせるとすぐにどこかに去って行った。保健室のベッドに横たわる私の元に、心配そうな目を向けるのは私の子分のキャシーとロッテ。


「見てのとおりでしてよ。ピンピンしていますわ! への河童かっぱですわ!」


 私は、強がって見せたが。まだ痛みは残っていた。思わぬ邪魔が入って勝負は中断されたが。あのまま続いていたら、今ごろどうなっていたか。いや、フローラにとどめを刺されて負けていたであろう。


「あ、あの……」


 その時、保健室に誰かが入って来た。キャシーとロッテが悲鳴にも似た驚きとさげすみの声を上げる。


「あ、あなた! 何をしに来たの?」


「よくも! ジェシカお姉さまをこんな目にあわせて!」


 保健室に入って来たのはフローラだった。申し訳なさそうな顔でうつむいている。私は、ベッドから上半身を起こして言った。


「おやめなさい! キャシー! ロッテ! ……ちょっと彼女と2人にしてくださる? この子と話がありますの」


「でも…… ジェシカお姉さま……」


 キャシーとロッテは、心配そうな目を私に向けるが、私が強い視線を向けると「分かりましたわ。お姉さま」と言いながら渋々部屋を出て行った。


 保健室には、私とフローラの2人が取り残される。しばらく静かな沈黙が訪れた。


「あ、あの…… ごめんなさい…… ジェシカ様」


 沈黙を破ったのはフローラの方だった。申し訳なさそうにうつむいて謝罪の言葉を口にする。私は、いつもの口調で答えた。


「あら? 何を謝る必要があるのかしら?」


「その…… 大事なお顔を殴ってしまって……」


「そんなこと謝る必要はなくてよ。そういう勝負だったのですから。しかも挑んだのは、わたくしの方から。フローラ。あなたには、これっぽっちも非はなくてよ」


 そう、先に決闘を挑んだのは私の方からである。彼女は、私の勝負を受けて仕方なく戦っただけだ。私は、フローラの目を見ながら言った。


「フローラ…… 今回の勝負。あなたの勝ちでよろしくてよ」


「えッ!? そんな……」


 驚きの声と同時に顔を上げるフローラ。その時、ようやく目と目が合った。フローラは今にも泣きだしそうな目をしている。


「あの時、生徒会長が止めに入らなければ…… わたくしが負けていましたわ。だから、この勝負はあなたの勝ちでしてよ……」


 フローラに、たった2発殴られただけで私の体はフラフラだった。あのまま3発目を殴られていたら、もはや立っていることもできなかっただろう。


 しかし、勝利を言い渡されたにも関わらずフローラに喜ぶ様子はない。また、うつむいて下を見ている。私は、その様子に少し苛立ちを覚えた。


「フローラ! あなたは、このわたくしに勝ったのですわよ! 胸を張りなさい! そして、勝利を喜びなさい! それが、勝者の特権でしてよ?」


「そんな…… 喜ぶだなんて。私は、ジェシカ様を殴りたくなんてなかった……」


 その声は震えている。今にも泣き出しそうなフローラ。私は、彼女の腕をつかんだ。そして、彼女の目を真っすぐに見る。


 目と目が合って、しばしの沈黙。そして、私は「フッ……」と鼻で笑う。


「フローラ…… あなたのパンチ。本当に効きましたわ。また、勝負いたしましょう? 次は、負けなくてよ!」


「ジェシカ様……」


「同じリングで戦った仲ですもの。リングを降りれば、わたくしたちはもう…… 友達だちですわ! よろしくって?」


 私は、そう言ってフローラにウィンクして見せた。曇っていたフローラの表情に光が射したようにパァーッと明るくなる。


「わ、私と…… ジェシカ様が…… 友達? それは…… ほ、本当ですか?」


「本当ですわ! プロレスラーは嘘をつきませんのよ!」


 私の言葉を聞いて、フローラは目からポロポロと涙をこぼし始めた。でも、それは悲しみの涙ではない。別の感情から流れる涙であった。私は、泣いているフローラを優しくそっと抱きしめた。



 ☆  ☆  ☆



「こんな所にいらしたのですか? 会長!」


「ああ、エミリア君か…… すまない。ちょっと野暮用でね」


 保健室を出て廊下を歩いているところ。生徒会長キース・エヴィンは、同じく生徒会の副会長エミリア・エミュレットに後ろから声をかけられて、立ち止まるとサッと振り返った。


「それで、どうなったのですか? その、決闘場を無許可で使用してた女子生徒たちの件は……?」


 副会長のエミリアが尋ねると、キースは微笑んで答えた。


「ああ。それなら大丈夫…… 無事解決だ。もう終わったよ」


「そうですか。それなら早く生徒会室に戻ってください! 仕事が山積みなんですからね!」


 エミリアは、そう言うと先に歩き出した。キースは、まだ立ち止まったまま。自分が来た保健室の方をチラリと振り向いた。


「ジェシカ・ジェルロードと言ったな…… フッ。おもしれえ女……」


 決闘場を生徒会に無断で使用し、さらに女同士で決闘を行なった生徒。1人はキースもよく知っている。特待生のフローラ・フローズン。光属性の魔法の才能を持つ生徒だ。この貴族ばかりの学園で唯一の庶民の生徒でもある。学園では有名人である。


 だが、今回の決闘は彼女が仕掛けたものではない。そうなると、もう1人の女子生徒。名前は、ジェシカ・ジェルロード。確か、有力貴族の令嬢で。女子生徒の中では上位の魔力を持った優秀な生徒だったはず。


 魔力の強さが絶対視されるこの魔法学園で、素手の勝負による決闘をわざわざ行う。しかも女同士でだ。単なる貴族のお嬢様では無さそうだ。実に興味深い。


「何を笑ってるんですか? 会長! 仕事が山積みだと言ったでしょう? 早く行きますよ!」


「あ、ああ。すまないエミリア君。すぐに行くよ!」


 先を歩くエミリアの後をキースは慌てて追いかけた。


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