第2話 悪役プロレスラー令嬢 VS 聖女ヒロイン

「勝負って…… いったい何の勝負なんですか?」


 不安そうな視線をこちらに向けるフローラ。私は、腰に手を当ててさも当然そうに言った。


「もちろん、勝負と言えばこぶしと拳をぶつけ合う。互いと肉体からだと肉体が激しくぶつけ合う。まあ、簡単に言えば喧嘩ですわね。よろしくて?」


「そ…… そんな! 何で、私とジェシカ様がそんな喧嘩で勝負をしなくてはならないのですか!?」


 私の言葉を聞いて、狼狽うろたえた様子のフローラ。だが、私はかまわずに話を続ける。


「決まってますわ! フローラ。わたくし、あなたのことが気に入りませんの。光属性の魔法がちょっと使えるからといって、庶民の分際で目の前をウロウロされるのは大変目障りですわ! だから、わたくしと勝負なさい! 徹底的に痛めつけて、身の程を思い知らせて差し上げますわ!」


 丁寧なお嬢様言葉だが、中身は完全なる悪意のヘイトスピーチ。この直球の悪口には、さすがのフローラもムッときたのだろう。私を睨み返してくる。


「わ、私だって…… 好きでここにいるわけじゃ…… 皆さんと身分が違う事だって分かってるし…… それでも……」


 フローラは、目に涙をためている。泣くのを必死にこらえている。彼女が、この魔法学園にいるのは彼女なりの理由があるのだろう。庶民の娘が、この貴族ばかりの場所に来るには、それなりの覚悟もあるはずだ。


「だったら戦いなさい! フローラ! わたくしと勝負して、自分の場所を勝ち取ってみなさい! じゃないと、あなたは、これから先ずっとあわれでかわいそうな庶民の娘として、ここで過ごすことになるわ! それでもよろしくって?」


「分かりました…… ジェシカ様。私、あなたと勝負します! 私が私であるために!」


 ようやく、彼女は覚悟を決めたようだ。フローラは、私との勝負を受けたのである。



 その日の放課後――――


 ここ魔法学園は、あらゆる施設がある。広大な敷地の中には、校舎だけでなく学生寮やレストラン。それにダンスホールまであるくらいだ。


 そして、私たちが今いるのは決闘場だった。円形のホールには、中央に円形の舞台リングがある。そして、それを囲むように観客席が並んでいる。シンプルな造りの決闘場だった。


 この学園に通うのは、特待生のフローラを除けば皆、貴族の子供たち。貴族には、決闘の文化というものがある。互いの名誉をかけて、わりと頻繁ひんぱんに決闘は行われる。ただし、それは貴族の男に限られる。女同士の決闘は前代未聞の出来事だった。


「ジェシカお姉さまーッ! ファイトォーッ!」


 観客席から声援を送ってくるのは、私の子分キャシーとロッテの2人だ。他にも多くの生徒が観客席に集まっていた。女同士の決闘が珍しいせいか、多くの生徒が話を聞きつけて集まっていたのだ。


 私とフローラは、動きやすい体操服に着替えていた。半袖、短パンの女子用体操服だ。腕や膝を伸ばして、軽い準備運動をする。


 体操服を着たフローラは、細身だがしなやかな良い肉体からだをしている。手足が長くスタイルも良く、それなりにリーチがありそうだ。身長は、今の私と大して変わらないだろう。


 舞台リングの中央には、審判レフェリーとなる女子生徒が立っている。彼女は、観客席に向かって大きな声を上げた。


「それではー! ただいまよりー! ジェシカ・ジェルロード対フローラ・フローズン! 60分1本勝負を始めますー!」


 凶器を隠し持っていないか、審判のボディチェックを受けると。私とフローラの2人は、睨み合うように円形の舞台の中央に立った。


「試合開始ッ! ファイッ!」


 審判の合図とともにゴングが鳴らされた。「カーンッ!」と響くゴングの音に、私の中の悪役レスラーの血が騒ぐ。この音を聞くと本能的にいやおうでも戦闘態勢に入るのだ。


 そう、今の私は貴族の令嬢ジェシカ・ジェルロードであり。日本の悪役プロレスラー、ザ・グレート夜叉やしゃその人でもある。私の魂の半分、いやそれ以上はレスラーなのだ。


「フローラ。正々堂々と戦いましょう!」


 私は、にっこりと優しく微笑みフローラに握手を求めた。拳を交える前に、まずはシェイクハンド。スポーツマンシップというやつだ。


「はい! ジェシカ様……」


 フローラは、何の疑いもせずに私の差し出した手を握り返してくる。甘い。まるで蜂蜜のように甘いね。私は、心の中でほくそ笑む。


「お馬鹿さんね! 勝負はもう始まってますのよッ! ブゥゥゥーッ!!!!」


 そう叫ぶと、私は口から緑色の液体を霧状に吹き出した。液体は、フローラの顔面に目つぶしのように吹きかかる。


 これは、私が悪役プロレスラーだった時の得意技。その名も毒霧どくぎりである。だが、安心して欲しい。毒霧という名前だが、実際には毒は含まれていない。単なる目つぶしである。失明の危険はないが、良い子は真似しないでね。


「きゃあッ!」


 可愛らしい叫び声を上げて、フローラは両手で目を押さえる。うまく視力を奪えたようだ。


「今ですわ! いきますわよぉーッ! シャーッ! ンナロォーッ!(訳:この野郎)」


 私は、右腕のラリアットをフローラの顔面に叩きつけた。彼女は、さらに「きゃあーッ!」と悲鳴を上げて地面に倒れる。


「まだまだーッ! シャーッ! ンナロォーッ!(訳:この野郎) シャーッ! ンナロォーッ!(訳:この野郎)」


 私の攻撃は、まだまだ続く。倒れたフローラの顔面にサッカーボールキック! サッカーボールキック!のキック計2連発!


「ッしゃぁー!! どうだぁー!?」


 私は、興奮気味に両手を上げて観客席にアピールする。プロレスラーたるもの観客へのアピールは、いついかなる時も忘れてはならない。


 しかし、観客席は「シーン」と静まり返っていた。観客のほとんどは、同学年の女子生徒である。ドン引きの表情をしている。


「ジェシカお姉さま…… 卑怯ですわ……」


 私の子分のキャシーとロッテですら、冷めた目で私を見ている。


 当初、観客のほとんどは私と同じ貴族の側の人間。特待生のフローラのことは、いけ好かない庶民の娘だと思っていた。光属性の魔法の才能があるだけで、身分に相応しくない魔法学園に転入してきた。いけ好かない女。


 だから、キャシーとロッテだけでなく、観客のほとんどは自分と同じ貴族の令嬢である私の方に声援を送っていたのだ。


 それがどうだろう?


 握手を求めてからの毒霧による目つぶし。からのラリアット。さらにサッカーボールキック2連発。


 まさに、悪役レスラー定番コンボともいえる私の卑劣な連続技を見て、観客たちは引いていた。「何て卑怯な……」というさげすんだ目で私を見ている。


「くくく…… この視線、たまりませんわ! 悪役レスラー冥利みょうりにつきましてよ!」


 だが、その冷たい目線が私はむしろ心地よい。ここはホームではない! 敵地アウェイなのだ! 悪役プロレスラーは、いかなる時もアウェイで戦わねばならない。


「いつまで寝ている気ですの? 勝負は、まだまだこれからでしてよ? フローラ!」


 私は、地面に寝ているフローラの髪を引っ張って強引に立たせた。フローラは、髪を引っ張られて「痛い! 痛い!」と喚いている。


 そう。これで終わらせるのは勿体ない。せっかくの勝負プロレスだ。もっと楽しませてもらわねば。そして、もっともっと痛めつけてやらねば。いや、可愛がってあげよう。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る