悪役プロレスラー令嬢

倉木おかゆ

第1話 わたくし、前世は悪役プロレスラーでしたわ!

 ここは、わたくしの通う魔法学園の中庭。まだ新学期が始まったばかりの春の麗らかな昼下がりのことですわ。


 青く晴れた空の下、中庭の花壇には色とりどりの花が咲き。木の枝には小鳥たちが歌うように鳴いている。気持ちの良い午後のひと時。


「はぁはぁ! ジェシカお姉さま! 穴の深さはこれくらいでよろしいでしょうか?」


 シャベルで一生懸命穴を掘っている茶色いショートボブの髪型の少女。彼女は、わたくしの妹分のキャシー。わたくしの言う事なら何でも聞く、可愛い子分の1人ですわ。額に汗を浮かべて息を切らしながら、わたくしの顔色を伺っていますわ。


「おほほほ。この教科書を穴に埋めてしまえば、あの生意気な庶民の娘が困った顔でオロオロするのが目に見えるようですわね。さすがは、ジェシカお姉さま!」


 わたくしの隣にいるポニーテールの髪型の少女。彼女の名はロッテ。わたくしのもう一人の子分。腕には数冊の教科書を抱えて意地悪そうな顔で微笑んでいますわ。


 そう、わたくしたちはある人物の教科書をこの中庭に埋めてしまおうとしているのですわ。その、ある人物というのは新入生のフローラ。卑しい庶民の分際で、この魔法学園に特待生で入学してきたいけ好かない女。


 わたくしの名前は、ジェシカ。本名は、ジェシカ・ジェルロード。年齢は17歳。実家は、名門貴族のジェルロード家の長女ですわ。


 そして、ここはわたくしたちのような魔法の才能を持った貴族たちが通う名門の魔法学園。その中でもわたくしは、女子生徒の中では成績ナンバー1の才女ですの。そう、あの女が来るまでは……


 フローラ・フローズン。卑しい庶民の身分でありながら、魔法の才能を持って生まれてきた女。しかも、100年に1人といわれる光属性魔法の才能の持ち主。


 魔法には、5つの属性がありますわ。光・闇・火・水・風の5つですわ。しかし、この中で光と闇の属性を使える人間はほとんどいませんの。火・水・風の実質3つの属性しか使えない者がほとんどですわ。ちなみに、わたくしが使えるのは火属性の魔法。


 それ故に、残りの2つ。光と闇…… 特に、光の属性を使える者は聖者として崇められますの。女性ならば聖女と呼ばれて。


 そんなフローラが転入してきたのは、わずか1週間前のこと。わたくしは、彼女のことが何もかも気に入りませんわ。


 特に気に入らないのは、身分の違い。彼女は庶民の。しかも、貧しい農家の娘。同じ教室で同じ空気を吸っているだけで吐き気がいたしますわ。


 そして、いい加減、我慢の限界にきたわたくしたちは、ついに行動を起こしましたの。


 わたくしは、子分のキャシーとロッテに命令して、休み時間の間にフローラの机から教科書などを盗ませ。そして、中庭に掘った穴に埋めて隠してしまおうと思いつきましたの。


 あの子の実家は貧乏だから。教科書を買い直すお金なんてきっとありませんわ。おほほほ。いい気味だこと。


「さあ、ロッテ。その教科書を穴の中へ……」


 わたくしが、目で合図をするとロッテは持っていた教科書を穴の中に放り込んだ。


「さあ、埋めておしまい! キャシー」


 今度は、キャシーに合図を送ると、キャシーはシャベルで土をかぶせて穴を埋めていく。これで完璧ですわ!


 おほほほ。次の授業の時間、あの子はどんな困った顔をするのかしら? 楽しみで楽しみで仕方がありませんわ。


 わたくしったら、何て悪いことを思いつくのかしら? まるで天才ですわ。こんな悪いこと…… こんな悪いこと…… うッ!?


 その時、わたくし…… いや、私の頭の中に電流のような痛みが走る。


「ジェシカお姉さま! 埋め終わりましたわ」


 シャベルを持ったキャシーが嬉しそうに報告する。


「そう、ありがとう。キャシー。じゃあ、全部掘り出してちょうだい。すぐに!」


 私が、そう言うとキャシーは目を丸くした。


「ええッ!? どうしてですか? ジェシカお姉さま! せっかく埋めたのに…… どうして、わざわざ掘り返すのですか?」


 その時、私は口答えするキャシーの頬を強く平手打ちした。パチーンッ!と乾いた音が響く。


「シャーッ! ンナロォーッ!(この馬鹿野郎ッ!)ですわ!」


「……お、お姉さま!? 何をなさるんですの?」


 頬に手を当てて、目を涙ぐませて私を見つめるキャシー。ごめんなさい、キャシー。悪いのは私。でも、私思い出してしまったの。


 そう…… 私は、悪役プロレスラーだった!


 これは、私のきっと前世の記憶。ジェシカ・ジェルロードとして生きてきた17年間より、もっと前の別の世界の記憶。


 私がいたのは、この世界とは違う。魔法など存在しない世界。日本という小さな島国。そこでの私の職業はプロレスラー。


 リングネームは、『ザ・グレート夜叉やしゃ


 日本最強の悪役ヒールと呼ばれた男。それが、私なのだ。


 いや、正確に言うと今の私にはプロレスラーであるグレート夜叉の記憶と、貴族のお嬢様であるジェシカ・ジェルロードの記憶が両方ある。そして、そのどちらでもあり、どちらでもない。そんな複雑な存在になっていた。


「さあ、何をボサッと突っ立っているの? 早く! 早く掘り出しなさい! キャシーッ! ボンバイエ(殺っちまえ!)いたしますわよッ!!」


 私が、強い口調で圧をかけると頬を押さえてボーッとしていたキャシーは、慌てて埋めた教科書を掘り返し始めた。


 そうして掘り出した教科書を受け取ると、私はパッパッと土を払った。そして、子分のキャシーとロッテに呼びかける。


「さあ、キャシー! ロッテ! 行きますわよ!」


「えッ!? ジェシカお姉さま? どちらへ?」


 戸惑うキャシーとロッテを引き連れて、私は中庭を後にする。そして、教室へと向かった。


 教室に入ると、自分の机の周りを困った顔でウロウロしている少女がいた。


 銀色の長い髪。まるでサファイアのような蒼い瞳。人形のように白い肌。庶民の生まれのくせに、その辺の貴族の娘より気品に満ちている顔立ちがますます気に入らない。彼女こそ、フローラ・フローズン。100年に1人と言われる光属性の魔術の才能を持つ特待生の少女。


 私たちが持ち去ったせいで、次の授業で使う教科書が見つからずうろたえているのだろう。


「あなたが、お探しのものはこれかしら? フローラ?」


 私は、フローラに声をかけた。そして、手に持っている彼女の教科書一式を見せた。


「あ……! それ。私の教科書! ど、どうしてジェシカ様が持っていらっしゃるのですか?」


「うふふふ。返して欲しい? フローラ?」


 私は、挑戦的な目つきでフローラを睨みつけた。そして、悪戯っぽく微笑む。


「は、はい! 返してください! お願いします!」


「そう…… だったら勝負よ! フローラ! わたくしと勝負なさい!」


 私は、ビシっとフローラを指さして言い放った。フローラは「えッ!?」と驚き目を丸くしている。


 そう。こそこそと教科書を隠して嫌がらせなど、グレート夜叉である私の。いや、悪役プロレスラーである私のプライドが許さない。


 どんな時でも、正々堂々と勝負してこその私なのだ。


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