運命が眠る図書館

長月瓦礫

運命が眠る図書館

水面から伸びるように、ビル群がそびえ立っている。

飾り気のない灰色の建物が並び、夜になれば普通に眠る。

いくつも並んだ超高層マンション群すべてがてんびん図書館である。


各階に設けられた休憩スペースには大きな窓があり、非常に開放的だ。

遮るものが何もないから、青い海を存分に堪能できる。


この星はすべてが水の底に沈んでしまった。

文化的価値のあるものはかなり貴重で、資格を持った専門家のみ扱うことができる。

よそから取り寄せない限り、ほとんど手に入らない。


その代わり、電子書籍がかなり普及している。

ほとんどの本が電子化され、親しまれている。


郷に入っては郷に従えとはこのことだろうか。

ブラディノフの手元にあるのは、紙の本ではなくタブレットだ。

今のページにはトマトによく似た野菜について書かれている。


「あ、それ美味しいんですよね~。

割と簡単に育てられますし、あると何かと便利なんですよ~」


メガネをかけた猫背の男、スペンは笑う。

スペンはてんびん図書館の司書であり、紙の本の取り扱いを許されている専門家だ。


貴重な文化財に触れる機会が多いことから、資格取得の倍率が特に高いらしい。

何もない星で生きていくために身につけたほうがいい技術とまで言われている。

サバイバルの技術ではなく、文化を守るための技術が優先される。


「せめて、観光地の一つでもあればよかったんですがね~。

そちらにパンフレットが届くころにはぜーんぶ沈んじゃったんですよね〜」


この星は異常気象による急激な水面上昇で何もかもが沈んでしまった。

数億年も時差があれば、文明が滅んでいても何らおかしくないのだ。

地球にもいずれ訪れるであろう運命だ。逃れることはできない。


「それにしても、本当に勉強熱心なんですね~。

書類から逃げるために旅行ってするもんだと僕は思ってたんで~」


「旅先の書店に行くのも悪くないですよ。

そこの人々の生活を知るのもおもしろいもんです」


「生活を知る、ですか。考えたこともなかったな~。

ちなみにですけど、この星はおもしろいですか?」


「このマンションをはじめ、地球にはない技術ばかりですからね。

共有しなければならない情報ばかりで大変です」


嘘は言っていない。運命に抗うために少しでも情報を集めたい。

それに、何もないことを楽しむにはもってこいの場所だ。

一面の海、遮るものは何もない。これほどおもしろいものもないだろう。


「ブラッドさんって世界政府から派遣された諜報員だったりするんですか~?

地球のためにかなり頑張ってるって聞きましたよ~」


「そんな偉そうな役職についていませんよ。

有益な情報を探して来るように言われているだけです。

そもそも、地球に世界政府はありません」


「だから、それを諜報員っていうんじゃないんですか~?」


疑わし気な目でブラディノフを見る。

あくまでも参考になりそうな情報を探したいだけで、敵意は持っていない。

こればかりは地道に伝えていかなければならない。


「まー、翻訳機があるんで内容は大丈夫かと思うんですが。

何かあったら言ってください。僕はその辺にいますんで」


「ありがとうございます」


「んじゃ、頑張ってくださいね~」


スペンは受付に戻っていった。


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