第十六話 終焉

 眩い光がアラタを包み、ブレードにマナが集約されていく。


「すごい……」


「なんてマナの量だ」


 遠目から見ているイリスとミネルヴァが、今目の前に起きている現象に感嘆する。


 アラタのマナが静寂の広原に暴風を起こす。


 環境すらも変化させるマナを感じ、ケイロスは警戒心を募らせた。


「これで最後だ!」


 力強く言い放ち、一気に駆けていき、上空へ。そのままの勢いで闘神を振りかぶる。


 アラタの攻撃をケイロスは自慢の腕力で受けて止めていくが、マナが一切ないケイロスではこれだけの力を抑えられず……


 頭の中に走馬灯が流れる。自身がこの計画を練る原因になった過去だ。差別、暴力、嫌がらせなど、生きているのが辛くなるほどの生活をシンと一緒に送ってきた地獄のような日々が。




『アイツ、隣国の王との間の子らしいぞ。なんでも、無理やり孕まされた子供らしい』


『マジ! 最悪じゃん。って事は、あれターゲットにされるな。隣国とのいざこざは複雑で、今にも根に持ってる奴がいるからな』


『あぁ、なんの罪もない国民が理由もなく殺され、しまいには奴隷にされたんだろ? 忘れるもんか』


 ボロボロのケイロスに軽蔑の眼差しを向け、男達は会話を続ける。


 直後、男達の言葉が現実になり、チンピラ風の冒険者に絡まれる。二人は無視しようとしたが、できそうもない。近くにいる衛兵に助けを求めようとするも、助けてくれるはずはないので期待はしない。


 またいつも通り暴言や暴行などされると思っていた二人は男達の接近に恐怖を覚えたが、事態は二人が想像していたものと逆で、突如耳打ちをされたのだった。


「え! その話本当ですか! 本当にそれで味方になってくれるんですか?」


「あぁ、本当だよ。俺は上とのコネがあるからそこにも掛け合ってあげるよ」


 優しく声をかけられた後、謎の鉱石を渡され、「金髪の女に届けてくれ。失くすなよ」と言われた。


 彼らの言葉に希望を抱き、言われた通りギルドへと向かい、中で目的の人物を探す。

 辺りをキョロキョロとしていると、滑らかで美しい金色の髪を腰まで伸ばした人物がいた。


 目的の人物と思しき女を見つけ、ケイロスは緊張しながらも声をかけていった。


「誰? 君達。私になんの用?」


 突然二人の子供が話しかけてきたので、当然の反応だった。そんな女に受け取った鉱石を渡すと話を理解したかのような表情を浮かべ、お礼を言ってくれた。


 嬉しかった。最後にお礼を言われたのはもう記憶に新しくないから。二人は無意識に涙を流していた。側から見たら気持ち悪かったのかも知れないが、この生活ともさよならできると思うと、感情を隠しておくのは無理だった。


 気味悪い二人を見て女はドン引き。目的は果たしたので、さっさとこの場をさって行こうとするが……突如扉が力強く開かれ、たくさんの衛兵が入ってきた。その中のひとりである三つ編みの女──チェンが女に向かって言葉を吐く。


「盗賊団ゲーレ。天然記念物魔鉱石窃盗と売買の罪で拘束する」


 突然の出来事にシンとケイロスは困惑するが、金髪女の方は事態を理解し、逃亡の姿勢をとる。だが、衛兵隊はそれを許さない。すぐに彼女を取り囲んでいく。


 身動きの取れなくなった女は悔しそうな表情を浮かべ、次の手を打とうとするが……衛兵達の行動の方が早く、簡単に捕縛されてしまった。


 一部始終を見た二人は、衛兵の行動に恐れ、パニック状態になってしまう。そんな時、


「君達、もしかして……この女の人と関わりがある?」


 チェンが不器用な笑顔でこの場から動けない二人に声をかけた。


 ────言葉が出せなかった。


 何も話さない二人を見て、


「多分取引相手だね。一応この子達も連行しちゃって」


 なにがなんだかわからない状態でいきなり仲間扱いを受け、さらに思考が停止する。


 そこからは記憶が綺麗さっぱり消えており、気づいた時には拘置所の中だった。


「違うんです! 僕達はただ頼まれただけで、知らなかったです!」


 涙声で無実を訴えるケイロスだったが、衛兵からしたら彼の話は信憑性がない。結局、話を聞いてもらう事はできず、毎日が過ぎていく。


 奈落へと落とされたような感覚を覚えながら、来たる裁かれる日を待ち続ける。


「なんで僕達が……」


 何をしたというんだ。普通の人よりもひっそりと目立たないように、質素に暮らしてきたのに、いざこざのあった国の出身だというだけで酷い仕打ちを受ける。利用される。


 二人は理不尽な世界に嘆きたくなった。


「おい! ガキども」


 希望を失い、寝転んでいるケイロスは軽く体を蹴られる感触を得た。


 久しぶりに感じる体への刺激に心臓が飛び出そうになったケイロスだったが、なんとか体を動かして前を見る事ができた。


 虚に垂れている眼を擦り、眼前の景色を確認していこうとする。


 そこでまたしてもケイロスはびっくりする状況を見た。彼に話しかけてきていたのは、なんとあの時の三つ編みの衛兵──チェンだったからだ。


「ど、うし……」


 声帯の筋力が衰ており、うまく言葉を紡げない。女の方は彼の言葉が聞こえなかったのか、勝手に話を進めていってしまう。


「お前らに手伝ってもらいたい事がある。その為にあのチンピラを使ってわざとこの件に関与させたんだから」


「……」


 意味がわからず、二人は事態についていけないでいた。


 ぼーっとしている二人を置き去りにし、女はさらに話を進めていく。


「私は隣国のスパイなんだ。お前らもあの国の出身者だろ? 噂には聴いてる。そのせいでどんな酷い事にあってきたかも。だが、その生活もこれでさよならだよ」


 あやすかのように優しく二人の手を握るチェン。そして、


「私を殺せ。それで裏切り者を葬った英雄になるんだ。そうすれば国民はお前達を認めてくれるはずだ」


 女の突拍子のない発言に更に二人は困惑していってしまう。しかし、チェンは二人の不安をすぐに払拭してくれた。


 彼女の話によると、自分がスパイである事がバレるのは時間の問題らしい。それに加え、国に見捨てられ帰る場所もない。だからこの国の王を殺し、全てを手に入れる計画を企てたのだが、もう時間がなく、目的を達成できそうにない。


 未来に不安を抱え悩んでいるときに、同郷の仲間を見つけた。それがケイロスとシンだ。


 彼らであれば、スパイでもなんでもないし、まだ子供。ここまでの思惑を考えつくとは誰も思うまい。


 誰かに自分の意思を託してでも、裏切られても国を愛しているのが、チェンという女だった。


 二人の目を見てチェンは「やってくれるか」と呟く。


 無気力な二人は何も答えられなかった。


 あんな事があった後に信じろという方が無理がある。それに、彼らにとっては母国に未練などなかった。


 返事はノーと言おうとしたのだが……シンが女に抱きつき、「それで僕達は助かるんですか? もう辛い思いをしなくていいんですか」と言った。


「あぁ、助かるよ」


 チェンの一言でケイロスは自分の決断が揺らいだ。こうも簡単に意思が変わってしまう程、今の生活は彼らにとっては地獄以外のなにものでもなかった。


「決行は裁判が行われる日だ。おそらく証拠不十分で不起訴になるだろう。その日の帰りに私が裏切り者という噂を聴いた事にしよう。あとはお前が隙を見て私に襲いかかれ。私は抵抗するが、すぐにお前にやられよう」


 全ての作戦を伝えられ、作戦決行の契りを手を合わせて交わす。


「頼んだぞ。未来の英雄達」


 笑顔を見せ、見張りへと戻っていくチェン。その後は何事もなく、裁判の日を迎え、無事に終了。彼女の言ったとおりになった。


 次の日に作戦通りチェンの遺体が裁判所の前で発見された。


 二人は全てを話したが、信じてもらえず、またも拘置所行きになった。しかし、説得の仕方が異常だったのを衛兵のひとりが不自然に思い、彼女の生い立ちを深く調べていくと、彼らの言った通りの情報が出てきて、今回も釈放される。


 久しぶりの太陽の日を浴び、チェンという女に感謝する。


「彼女に感謝するんだな。お前らの事をずっと不憫に思っていたんだ。だから、助ける為にあんな方法をとった。馬鹿な女だよ」


「あなたは?」


「俺か、俺もチェンと同じ。それと、今回お前らを釈放してやった恩人だよ」


 衛兵の格好をしたもうひとりのスパイがそこにはいた。だが、ケイロスは彼の事を報告したりはしない。助けてくれた恩を返すために。


「じゃあ、もうひとつ彼女の願いを叶えてもらうぞ。そう……」


 男は言葉を紡ぎ、ケイロスは驚きを見せた。そう、それは二人を衛兵として迎え入れるという提案だった。こうして、彼の復讐の日々は始まったのだ。ひとりの人物の意思を繋いで……



 せっかく受け継いだものもひとりの男に砕かれてしまった。


 集約されたマナの攻撃を受け、気の遠くなる意識の中でチェンへの謝罪を頭に浮かべる。そうした中でも、恩を返せなかった事が心残りで、悲しさが心の奥底から湧き上がってくる。


 光の集合体が霧散し、芝生の上に倒れるケイロス。それを息を切らしながら眺めるアラタ。


「やったの……」


 側から見ていたリコがぽつりと呟き、イリスやアリス達もアラタの方へと注目する。


「ケイ!」


 シンが感情を爆発させ、昔の呼び方を使用しながら倒れている男へと接近していく。


「ケイ! ケイ!」


 重傷を負っているケイロスの名前を何度も呼ぶ。涙がポロポロと流れ、今までの苦労を思い出す。


 二人のやりとりをアラタ達も眺めていたが、なんとも寂しい光景だった。


「おっと……」


 マナを使い過ぎたアラタはその場に座り込み、脱力する。皆もアラタの方へと歩いていこうとしており、この戦いはアラタ達の勝利で終わった……と思ったのだが、


「アラタ!」


 少し目を話した隙に刀を持ったシンに接近を許してしまった。


 リコもイリスもアリスもメイアも、アラタの場所まではまだ距離があった。このままでは間に合わない。シンの執念の勝利……




 と、思ったところで、世界が急激に冷やされていく感覚を覚えた。


「これは……」


 胸の直前で止まっている刀を見て、アラタはここがミネルヴァの作り出した時間の止まった世界なのだと理解した。


「お前!」


 アラタの言葉と同時に彼女は吐血したが、気合で耐え抜き世界の創造を続ける。


 そのまま苦しんでいる体を動かし、ケイロスの場所へと近づいていった。


「この男が僕からビリオンを奪った。私の手で片付けないと……」


「待て!」


 アラタの必死の呼びかけも届かず、ミネルヴァはアリスが使っていたクナイを持ち、ケイロスの首、頭へと思い切り振りかぶった。大量に出血するケイロス。時が動き出したら必ず死ぬだろう。


「次はこの男」


「待て……」


「離しなさい!」


 アラタの手を無理やりほどき、シンが持っていた刀で次は彼の頸動脈けいどうみゃくと脳を破壊した。


「あっ……」


「これで……これでいいの。ゴホッ! ゴホッ!」


 今まで以上に吐血し、彼女はその場に倒れた。同時に世界が動き出し、誰も知らない残酷な光景が目の前に広がる。


 一瞬で命を奪われたケイロスとシン。そして、限界まで力を使い果たしたミネルヴァは、自分の命を賭した計画に終焉という文字を突きつけられたのだった。


 

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