最終話 そして日常へ

「ミネルヴァ!」


 ケイロスとシンにとどめを刺した女は、体の許容範囲を超えて地面に倒れ伏す。誰がどう見ても重賞でもう助からないだろう。


「お前、なんで……」


「ぼ、くの、ため……だよ。これで、こころ、おきなく、あのひと、のもとへいけ……る」


 彼女はそう言っていたが、明らかに嘘をついているとアラタには一発でわかったからこそ、なおさら彼女のとった行動の意味がわからなかった。


 だが、それは彼女自身もそうだ。


 なぜか体が勝手に動き、助けに入っていた。つい先程まで敵と認識していた相手にだ。やはり、ビリオンとの類似点があるのが原因だろうか。


 限界の体を動かし、アラタの顔に手を当てる。


「もっと近くで見せて……」


 無意識に本音が出てしまっていた。そして……


「懐かしい……」


 もう十年以上経ってしまったあの頃へ思いを馳せる。


 楽しかった。毎日が幸せだった。ただあの人がそばにいてくれるだけで心が満たされた。


 その感覚をもう一度、十年の時を超えて味わえたのだ。もう十分だ。


 目の前にいる人は別人だ。だが、世の中には似ている人が三人はいるという噂が以前いた世界にはあったから、最期の最期にそんな迷信めいた言葉を信じてみることにする。


 涙を流し、自分の命が消えていく感覚を覚え……


「ありがとう」


 最後に幸せを与えてくれた人にか細い声で呟き、アラタの腕の中で息を引き取った。





『舞花』


『ビリオン……』


 目の前に現れた思い人に思わず涙が溢れそうになるが、自分の体が空気のように軽いのを感じ、自分が彼と同じ場所に行けたのだとわかった。


『よく頑張ったな』


『うん!』


 涙を堪え、彼の胸元に飛び込む。その後は、これから未来永劫続く幸せな生活を話し合いながら、二人で極楽浄土へと旅立った。


『これからはずっと一緒だね』


 と、彼の手を取り言葉にする舞花に彼──ビリオンは、


『そうだな』


 と、笑顔で答えた。


 自分の腕の中で抜け殻になった女を見て、アラタは不思議な感覚になる。人の死を初めて体感したから。形容し難い感触が神経を刺激し、アラタはなんとも言えない感情が込み上げそうになった。


 それをグッと抑え、彼女を抱えながら立ち上がる。


「どうするの?」


「俺達が責任を持って埋葬しよう。もちろん、墓は……」


「うん、それがいいと思う」


 リコや皆が賛成し、彼らの魔神討伐の任務は終わった。



 あの激闘から一ヶ月。アラタ達はとある場所を訪れていた。


 目を瞑り、先にある墓標に手を合わせていた。もちろん、参拝しているのはあの時魔神討伐に参加したメンバーだ。


「でも、よく王様はこの地を墓地にしてくれたね」


「まぁ、私達の功績もあるだろうけど、これ以上領土問題で揉めたくなかったんでしょ? だから墓地にするのが都合が良かったってところじゃない?」


「だけどよ……墓地って言ったって、コイツら二人分のしかねぇぞ」


 そう言って、『空の領土』と呼ばれていた地に建っているビリオンとミネルヴァの墓を見る。


「それがいいんでしょ。この二人の思い出の地。他の者の邪魔が入っちゃ、二人も浮かばれないしね」


「そうだよ! これだから男ってのは」


「それ関係ねぇだろ!」


『ハハハハハハ!』


 アラタ以外が笑いに包まれ、約束していた墓参りを終えた。


「これからどうしようか」


「そうだね……私が行きたかったクエストに同行してくれないかな? いいでしょ?」


「いいけど……」


「私はパス。帰ってやらないといけないことがあるの」


「へぇー、最近男ができたって噂になっとるからな……アリス」


「メイア、何言ってるのよ。私にそんな人いないわよ」


『へぇー』


 今度はアリス以外の人物が茶化すように言葉を発する。


 メイアに誤解を生まれさせられたアリスは、頬を赤くしながら、「わかったわよ! 一緒に行ってあげる! 感謝しなさい」と仕方なくイリスの提案に承諾する。


「ありがとう!──お姉ちゃん」


「いいわよ……これくらい」


「それにしても、二人が姉妹だったなんて意外だよな」


「確かに……」


「ウチもアリスから妹がいるとは聞かされてたんやけど、とっくに死んでるって言ってたから、まさか生きてるとは思わんかったんよ」


「私もびっくりよ」


 十年ほど前、大災害に遭い、遭難して行方不明になってからペルフェクティオ家の人達は必死になって探したらしいのだが、ついには見つからなかった為、自動的に死亡扱いになってしまったのだが、肝心のイリスは漁師に拾われて育てられたらしい。


 しかし、記憶を失っていたので、イリスという名前を貰い、別の人間として育てられた。


 だから、この街に戻ってきた時、肉親でも彼女の事を家族だと思えなかったそうだ。


 アリスにとって嬉しい出来事があったのは仲間としてアラタも嬉しい。


 昔話に少し華が咲いたが、しばらくして五人はこれからの予定に話を戻した。


「じゃあ、やることも決まったし……街まで競争だ! 負けた人は今日の晩飯奢りな!」


『えぇぇぇ!』


 アラタが子供のような行動を取り、フライングを決める。


 こうして、彼の異世界生活は続いて行く。命尽きるその日まで。



           完



 追記……因みに最後の競走はズルをしたアラタが転けてアリスが一番になりました。ドベは運動の苦手なリコで、その晩は彼女のおごりになりました。新しい服が買えないと涙目になっていたのですが、アラタが買ってくれると約束し、自体は終息しましたとさ。

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