第十五話 仕組まれた結末

「テメェ!」


「そんなに怒んなよ。怖いじゃねぇか」


 おどけるような口ぶりでアラタを軽くあしらうケイロス。ボディビルダーのような体型をしている人物で、衛兵の隊長として国王、国民共々、絶対の信頼を持っている。


 だが、本性は違った。私利私欲の塊で、雌伏の時を待っていたのだ。


 彼の目的は現国王を暗殺した後、国民を騙して自分が国の頂点に立つこと。その為に、『から領土りょうど』にある魔鉱石を手に入れるのを計画したのだ。


 しかし、魔鉱石を手に入れるのは簡単な事ではなかった。


 魔神と呼ばれる最強の存在──ミネルヴァが『から領土りょうど』を守っているからだ。


 魔法を一切使えないケイロスでは魔神には勝てない。かといって、あの国で魔神に勝てる者などは既にいないと思っていたのだ。


 そんな時に現れたのがアラタだった。


 彼はケイロスにとってはまたも利用できる存在。だからこそケイロスは、長年の計画を再び実行に移したのだ。


「まぁ、そんな事だからお前らには死んでもらう」


 裏の顔を知られたケイロスは下衆な笑みを溢しながら、愛武器あいぶき──メリケンサックを装着。アラタへと迫ってくる。


 それをイリスが双剣で止めたのだが、もやしのような外見の男──シンが銃で打ち抜き、傷を負う。


「そっちは満身創痍。こっちは万全。勝ち目はねぇぞ」


 気だるそうな声を出すシン。おまけにあくびもしてアラタ達を嘲笑しているようにみえる。


 ────致命傷を受けたミネルヴァがアラタのすそを掴んで、無理矢理立ち上がろとする。


「おい! 無理すんなよ」


「そんな事、言ってられない。僕は、この場所を守らなきゃ……ビリオンと僕のために」


 気力だけで立ち上がり、今もおこなわれている戦闘の中に入っていこうとするが……ミネルヴァは動くだけで精一杯だ。考えている事を思うようにおこなえない。故に、立っているのが限界になり、地面に膝をつく。


「無理だ。ただでさえ治療をおこなわねぇといけねぇのに……くそ!」


 こんな時でも自分というものが嫌になる。


 機会さえあれば、自分の魔法の中に治療魔法があったはずだ。なのに……


(神ってのはここまで無慈悲なのか……)


 上手い具合に魔法は増えてくれない。一週間で増えた魔法はたったの三つ。大事な時に有効的でなければなんの意味もないではないか……


 ミネルヴァを支えているアラタの元に、ボロボロになったアリスがやってくる。


「アナタだったのね」


「なんの事だ?」


「私が召喚した異世界人のことよ」


 異世界召喚の事に言及したアラタに二人は驚きを見せる。


「まぁ、無理もないか。私はペルフェクティオ家の務めを果たしただけ。この世界の混沌を沈める事のできる人を呼び寄せるってね」


「じゃあ、俺を召喚したのは」


「うん、私。だから、これは私の勝手なんだけど……アイツを止めてほしい」


 そういってアラタの肩に手を当てた。


「お前……」


「男の人に触れたのっていつぶりだったっけ。懐かしいなー、この頼りになる背中」


 優しい声で言葉を紡ぐ。その直後、アラタの体が眩い光に包まれていった。


 サイトウ・アラタ

 ギルドレベル:五

 職業:冒険者

 装備:闘神『ブレード』

 魔法:『防護壁ディフェンダー』『反射リフレクション』『火操作ギーグ』『纏繞てんじょう


 勝手にステータス画面が広がり、アラタは困惑した。


「私からのプレゼントよ。アンタ根暗すぎて後手な力しか持ってないんだもん」


「ありがと。それと、こいつを頼む」


「えぇ、必ず止めなさい」


「あぁ」


 ミネルヴァをアリスに預け、アラタも戦いの中心部に入っていく。


 その頃、イリス、リコ、メイアはケイロスとシンの連携に苦戦していた。


「君のその肌、もう一度味わいたいな。あれは最高だったな」


 舌なめずりをしながら、過去にメイアを凌辱りょうじょくしていた時の事を本人に話す。彼の言葉を聞いてメイアは身震いし、顔をしからめる。初めて真実を知ったからだ。


「油断は禁物よ!」


 リコが炎魔法を付与して遠距離狙撃をする。が、見かけからは想像もできない身体能力で簡単にかわした。


「君も可愛いね。俺の玩具おもちゃにしてあげるよ」


 リコの顔に自分の顔を近づけ、不気味な笑みを浮かべる。彼の行動に嫌悪感を抱いたリコは男から距離を取った。そんなシンに背後からイリスが奇襲を仕掛ける。


「おっと、俺のことを忘れるなよ」


 今まで相手にしていたケイロスが間一髪のところで彼女の攻撃をメリケンサックで受け止める。


 一瞬の隙を突いての攻撃も無意味になったイリスは苦い顔を浮かべた。


 すぐにケイロスが反撃に移る。経験則から攻撃を見抜いたイリスは、ギリギリで彼の攻撃を避けた。


 猛攻を仕掛けてくるケイロス。防戦一方のイリス。ジリ貧の戦いは続けられていく。


「あっ!」


 足がもつれたイリスが声を漏らす。絶好の好機をケイロスが見逃すはずがなく、彼の強烈な拳がイリスへと迫った……のだが、金属がぶつかるような甲高い音が長閑のどかな草原に響き渡る。


 イリスの目線には水のような球体があった。しかし、物質自体は鉄以上の硬度を誇る不思議な物体──正体は、アラタの魔法『防護壁ディフェンダー』だ。


「大丈夫か」


「うん」


 安堵した表情を浮かべながら、アラタへ返事をする。


「選手交代だ」


「お前が来たところで何ができる? そんなボロボロの体だ」


「やってみなきゃわからねぇだろ?」


 余裕……のふりをしてケイロスへと言葉を返していく。正直、新たな魔法を得たからといって勝機は薄い。異常なマナの消費で立っているのですらだるいくらいで、今にでも帰って寝たいくらいだ。


 ボロボロのアラタを見てケイロスもそれを見抜いていたから、漁夫の利を狙ってきたのだった。


 ブレード──闘神とうじんを構えてケイロスへと迫っていく。


 素早い剣戟けんげきをお見舞いするアラタだったが……


「どうした? そんなものか」


 兎と亀といってもいいくらい両者のスピードには差があった。アラタの攻撃は一発も当たらない。


 しばらくして僅かな間隙かんげきができてしまい、ケイロスの拳の侵入を許した。腹部に重い一撃が刺さり、えずいた。


 もう一度顎に攻撃をもらい、吹き飛ばされた。


 仰向けに倒れ、異常なまでの息苦しさを感じる。


「うざい! うざい! うざい!」


 ケイロスが眉間にしわを寄せながら、今まで見せなかった感情を表に出す。


「どこからも、どこからでも俺にとってムカつく存在が現れる。お前にしかり、その女にしかり!」


 アリスに支えられ、苦しそうにしているミネルヴァを指さし、ケイロスは抑えられない感情を表に吐き出す。


「せっかくその女を消したと思ったら、そいつが脅威になる! 俺の計画は一向に成就しない! それが俺にとってはムカつくんだよ!」


 自分でも何をいっているのかわからなくなるくらい、口を噤むことができなくなっている。


「俺がこの計画に何年費やしたと思ってる! この気持ちがわかるか? 俺のこの抑えきれない感情が!」


 意味のわからない言葉急に紡ぎ出したケイロスに、立ち上がったアラタが言葉を浴びせる。


「知ったことかよ、お前のことなんか」


「はぁ?」


「お前がやってる事は誰のためにもならない私欲の塊だ。それを俺が今、教えてやるよ」


 ケイロスとは反対に冷静に物事を判断し、もう一度戦場へと立つ。そして……自身が持っているブレードにはマナが纏っていく。


「なんだそれは?」


「これが俺の最後の切り札だ」


 そう宣言し、アラタは自身を信じて真っ直ぐ進んでいき……渾身の一撃をケイロスへとぶつけたのだった。



 

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