第十四話 類似する二人
『
この場所が名を変えたのは今から十年前の出来事で、あるひとりの女の私欲が原因だ。それは自分の思い出を守る事。ただこれだけの感情が彼女という人間をここまで強くし、今日という日までこの地に君臨させている。
彼女の名は新井舞花。現在はミネルヴァと呼ばれ、『
そんな彼女に特別な出来事が起きる。異世界と呼ばれる地に突如召喚されたのだ。しかも、時間停止という魔法を付与されて。
この日から彼女の人生は一変した。
異世界人の例に漏れず冒険者として輝かしい功績を手に入れ、たったの一ヶ月で最高ランク十のゴールドランクに到達。たくさんの仲間とも出会い、順風満帆な生活を送っていた。
ゴールドランクになった彼女は、この日を記念日とするため、元々好意を持っていたパーティメンバーのひとりである男──ビリアン・オドという人物に告白する決心をする。爽やかな雰囲気の好青年だ。肩までかかる金色の長髪は、女性のように
積極的な性格な舞花はビリアンに自分から告白した。結果をもらうまでは内心でドキドキしていたが、なんと彼も舞花に気を持っていたらしく、オーケーの返事をもらえる。
晴れて二人は恋人になり、プライベートや冒険者の仕事なども一緒に楽しく過ごしていった。もちろん、男女の営みもおこなった。
しかし、二人の幸せはある任務に行った際に崩壊する事となる。
何もない土地で伝説の龍を討伐する任務だった。全員がゴールドランクを持っている最強のパーティーで挑んだ為、問題はないと思っていたが……計算が狂う。伝説の龍は彼女達が思っている以上に格上だった。一瞬で仲間の三人が殺され、その数秒後に怯えていた女冒険者も葬られた。舞花が時間停止を使う隙すら存在しなかった。
結局、ビリオンと舞花だけになってしまったが、恐怖を押し殺して二人は戦う事を決意する。逃げる選択もできたのだろうが、最高ランクの冒険者を瞬殺する実力者。背を向ければ、死は免れないと悟った結果だ。
だが、彼らの決意は一瞬で無意味なものへと変わる。決意した数秒後……目に捉えられない速度で伝説の龍は遅いかかってきた。
狙いは舞花だった。
魔法を使う余裕すらなく、何もなかったかのように全てを奪われる……そう思った。しかし、彼女の前にはビリオンが立っていた。
守ってくれた。やはり頼りになる。そう思ったが、それは幻だった。
彼女の前にいたビリオンの胴体は真っ二つに割れていく。
何が起きているのかわからなかったが、ひとつだけ言える事があった。ビリオンは自分の命を犠牲にしてまで守ってくれたのだ。
それがわかった途端に舞花の心は一瞬にして崩れた。
「────」
負の感情が一気に外へと溢れ出し、彼女自身を覆っていく。その後の記憶はないが、気がつけばこの場にいたモンスターは全滅していた。
この場に自分しかいないため、舞花は目の前に広がる光景を自分がやったのだと理解するのは遅くはなかった。
意識を取り戻した彼女は、雨が降っている無人の地で、倒れている恋人──ビリオンの上半身を抱き抱える。虚ろになった目をじっと見つめ、返ってこない言葉に期待を寄せて「大好きだよ」と声をかけ、冷たくなった唇に自分の唇を重ねた。ベッドの上で交わした口付けとは違う味がした。生きている人間からでは味わえない悲しみの味だった。
それがわかった途端に、目から自然と涙が溢れてきた。しかし、声は出さない。悲しみにも暮れない。ただ、この時思った事は、この地をビリアンと自分だけの住処にする。誰にも邪魔はさせない。
こうして、彼女は魔神──ミネルヴァと名乗り、この地に十年近く君臨し続けている。自分と恋人の大切な居場所を守る為だけに……
「なんで今、こんな事を……」
封印したはずの過去を思い出し、ため息を吐く。
地面にはアラタがぐったりと倒れている。せっかく自分と同じ境遇の人物に会えたのに、相手にもならなかった。ビリアンとも比較出来ない程の男を見て、ミネルヴァは悲しげな目をした。
その直後……金髪の女が太刀を振るって奇襲を仕掛けてきた。
彼女の奇襲を軽々と対処……と言いたいところだが、アラタに気を奪われていたミネルヴァは反応に遅れる。間に合わないと判断した彼女は、時間停止の魔法を使用し、ギリギリの所で難を逃れる。太刀の切先が自分の鼻の手前で止まっているのを見て、少しだけ呼吸が早くなった。
「僕としたことが、これしきの奇襲に反応できないとはね」
それ程、アラタという男には心を惹きつけられる。
不器用で責任感が強く、人の頼みを断れない。彼という人なりを知らないからミネルヴァに断定はできないが、きっとアラタもそういった部分があるのだろう。だからこそ、こんな辺境の地に来て自分と戦っている。自分には何の得にもならないのに。
あと少しで解除される自分の世界でひとり、そんな感情に浸る。その後、五秒とせず魔法は解除され、世界は平等に動き出す。
「また! 今のはドンピシャだったのに! 一体どんな魔法を……」
「時間停止だよ」
嘆くアリスにひとつの声が届く。聴き慣れていて、とても落ち着く声だ。
声を聞いた途端、ミネルヴァは驚きを見せる。が、同時に少しだけ
────なんで僕は喜んで……
相手は自分の大切な場所を奪いにきた敵なのに、もう二度と関わりたくないと思わせる程、完膚なきまでに倒さなければならないのに。
複雑な感情を抱えるミネルヴァに、復活したアラタが声を発する。
「じゃあ、二回戦といきますか!」
その場で屈伸したり、飛び跳ねたりし、体が正常に動かせるのを確認した後、腰につけてある剣を引き抜き、敵である女を見据える。
「懲りないねぇ。もう一度捻り潰してやろうか?」
「やってみろよ」
強気な言葉を吐き出し、二人の二回戦は開始された。
魔法を使用される前に一直線に魔神に迫り、素早い
隙を見てアリスとイリスも介入する。
アリスは魔法で顕現させた太刀で、イリスは双剣でさらに追い討ちをかける。息のピッタリな連携を見せ、ミネルヴァに反撃すらさせない。
しかし……ミネルヴァが一歩だけ身を引くと世界が一気に絶対零度に包まれる。
「終わり」
「まだだ!」
アラタだけが魔法──『
マナを大量に放出する行為は全力疾走を続けているのと同じで、体への負担は大きく、先程までのキレを見せられなくなっていくが、それは相手も同じはずだ。
一瞬でも隙を見せたら付け込まれ、アラタの敗北は誰の目から見ても明らかだった。相手に攻撃させないように疲労や痛みを我慢しながら、猛攻を続けていく。
(それでも力の差は埋まらねぇのか……)
第一の関門──魔法の謎を突破したというのに、相手に一撃どころか擦り傷すらも負わせられていない。
今まで必死に隠していた焦りが行動へと見られるようになり、アラタの動きはさらにキレをなくす。体力の消費も激しくなっていき、アラタはこの状態を保てなくなっていた。
マナの過剰消費で体に痛みが走り、攻撃が中断される。
一瞬の隙ができた事で今までの猛攻が止まる。そこを魔神に入られ、確実に一撃をもらう体制に入った。
────終わった……すまねぇ、みんな……
そう思ったアラタだったが、体への衝撃は一切襲ってこなかった。それどころか、世界に温かさが取り戻されており、目の前には膝を地について吐血しているミネルヴァの姿があった。
「一体……」
何が起きているのかわからないアラタ。周りが見えなくなり、硬直状態になる。
この
膝をつき、苦しんでいるミネルヴァに重い一撃を食らわせようとする。だが……
「待て!」
アラタが彼女の行動を止めた。
「なんで! 今がチャンスなんだよ」
「わかってる。でも、命まで奪う必要はないはずだ」
今の言葉にはさすがのイリスも理解できなかった。この女は皆の敵。敵は殺さないといけない。下手に見逃して復習されたらまた別の悲しみが生まれる。
それを痛いほどわかっているイリスは、アラタの静止を無視してミネルヴァに突撃する姿勢を見せる。
双剣を振りかぶり、魔神を確実に仕留められる形になった。が、手応えはない。なぜなら……目の前に彼女の双剣を血を流しながら受け止めている人物がいたからだ。
「なんで、なんでそこまでして庇うの!」
魔法を使用して守れたにも関わらず、やらなかった。そんな彼を見て悲しみが混じった怒りを露わにしていく。
「お前の行動が俺にはわからないよ」
「私こそわからないよ! 敵は殺してなんぼ。じゃなきゃ、必要のない血がまた流れるんだよ。そんなの、私はもう嫌なの!」
「それでも俺は、俺の信じる道を進む」
真っ直ぐにイリスを見つめ、彼女を説得していこうとする。
二人のやりとりを遠くから見ていたメイアが彼女の肩に手を置き、宥めていく。リコにも慰められ、彼女は歯を食いしばり、悔しさを押し殺しながら諦めの姿勢をとった。
「ありがとう」
イリスの行動を見てアラタは素直な感情を表に出した。
「彼女側についたわけではないんやね」
「あぁ」
アラタの目を見てメイアは信じる形を取る結論を出す。イリスも今の言葉を信じ、一旦身を引いた。
「つくづくあの人と同じ」
「あの人?」
「あぁ、僕が愛した人さ。他の人を信じていなかったわけではなかったが、この世界で唯一心の底からの信頼を寄せられたのは彼だけ。まぁ、もう死んでしまったがな」
今の言葉を聞いてアラタは無言を貫き、次の言葉を待った。しかし、ミネルヴァがこれ以上言葉を紡ぐ事はなかった。
しばらくの沈黙が続き、アラタは彼女へ質問を投げかけた。
「お前は一体何者なんだ」
「お前と同じ。僕も別の世界から……」
質問に答え終わる前にミネルヴァはアラタを突き飛ばした。同時に彼女の体から赤い鮮血が吹き出し、地面へと吸い込まれていく。
「あーあ、惜しかったな。今のは」
「やっと異人を殺せて金儲けもできたってのに、こんな結末が待ってるとは思わなかったわー。なぁ、シン」
「そうですね。隊長の計画をパァにした罪は重いです」
二つの影が意気揚々と言葉を吐き出しながら、こちらへと歩いてくる。
ひとつはがっちりとしたガタイの持ち主で、もうひとつはもやしのようにひょろっとした人間だ。
その影を見て、アラタ、リコ、イリスもようやく二人が何者なのかを理解する。
「テメェら!」
「はーい。じゃあ、お前らには死んでもらって、この地の鉱石は全部貰う。そして……」
ガタイのいい影の男──ケイロス・バーンは、
「俺がこの国の王になり、全てを俺の私物に変えてやるよ」
強欲の
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