第十三話 魔神の恐怖

 サイトウ・アラタ

 ギルドランク五

 職業・冒険者

 装備・闘神(ブレード)

 魔法・『防護壁ディフェンダー』『反射リフレクション』『火操作ギーグ


(どう対応するか……)


  目線に映し出されたステータスを見て、アラタは険しい表情をする。理由はこの中に魔神に対抗できる魔法がひとつもないからだ。それでも今ある戦力で戦っていかなければならない。愚痴をこぼしている暇などないのだ。


 刹那の隙も与えてくれない魔神はまたも謎の魔法を使用する。


 それと同時にアラタは自分の魔法──『防護壁ディフェンダー』を使用。それにより意識が覚醒した瞬間に防御する事ができた。


 攻撃を防いだことによりできた隙を突き、アリスが魔法で引力を作り魔神を自分の元へと引き寄せる。射程範囲に入った敵を隣にいたイリスが双剣を振るい見事な連携を見せたが……振りかぶった双剣は空振り。またも魔神にしてやられる。


 遠くへ逃げた魔神に次はリコが炎魔法を付与した弓矢を放つ。が、それも気づいた時には軽々と躱され、炎ごと矢を折られる。


 その後も全員の連携で魔神への猛攻を仕掛けていくが……気づいた時には全て対処されてしまい彼女に指先すら触れる事もできなかった。


「どうなってるの?」


「わからねぇ」


 息切れするアラタ達と一切疲れを見せないミネルヴァ。両者の違いははたから見ても明確で、最初から勝負にすらなっていない。


「もう一度俺が!」


 剣を構えてアラタが前に出る。だが、「やめとき。どうせ無駄や」と、メイアに止められてしまう。


「でも……」


「メイアのいう通りよ。何か策を考えましょ」


「って言っても、何もわからずじまいです。どうするんですか?」


 アリスの言葉にリコが問う。


 確かに彼女のいう通りだ。策というのは原因がわかって初めて練る事ができる。今の状況ではアラタ達にできる事は何もない。


「でも……立ち止まってるだけじゃやられるだけだ」


「そうですけど……」


 アラタの言葉にリコが深刻そうな顔をする。彼女の表情を見つめアリスは、


「わかったわ。私が先行する。だから、どうにかしてアイツの魔法を見抜きなさい」


「ちょっと、アリス!」


 止めようとするメイアを無視し、魔法で顕現させたクナイを構えて勢いよく魔神へと突き進んで行き、クナイを一振り。それを魔神は軽々とかわし、アリスの腹へと力のこもった蹴りを浴びせた。


「雑魚はお呼びじゃないのよ」


「くっ!」


 クナイから太刀へと武器を変え、怒りを込めた攻撃をする。だが……気づいたらまたも謎の痛みと地面の感触を味わった。


「だから無駄だって言ってるの。アナタ達じゃ勝ち目はない。諦めて帰りなさい」


「────」


 魔神の意外な言葉にアリスは驚きを見せた。


「来る者は拒まず、去る者は追わず。それが僕のモットー。だから、大人しく引き返せば命までは取らない。私はただ……」


 魔神は悲しそうな顔を見せる。


 一瞬だけできた隙に、アリスは奇襲を仕掛けていくが魔神は魔法を発動させ、アリスの行動は無意味になった。


「わかったよね。無意味だって。だから帰って」


「それはできない。私達冒険者にとって、この場所を手に入れられるかはこれからの冒険者稼業を大きく左右する。だから、アナタにはこの場所から出てってもらう」


「そう、なら……」


 魔神は俯き、ため息を吐いた。途端、彼女を取り巻く雰囲気が一気に冷徹さを増した。そして、


「死ね」


 低い声で放つ。


 この場にいる全員が背筋にゾッとした感覚を覚え、今にでもこの場所から逃げ出したくなった。


 一歩、一歩、恐怖の権化ごんげが歩み寄ってくる。それに抗うように、こちらは一歩、一歩後退していく。


 しかし、それも無意味だった。


 魔神に魔法を使用された。






 目の前の恐怖からアラタは目をつむったが、気づけば眼前には首を絞められているアリスが見えた。


 寝ている人間の首を絞めるるかのように、その命をもうしている極悪人がいるのも。


 何が起きているのか理解できなかったが、アラタは今意識があった。


 とても冷たかった。全てなくなってしまったかのような、冷たい世界。今いる場所に感想を述べるのであれば、それ以外思いつかない。


「ッ!」


 何が起きているのか理解できないが、アラタは目の前の光景へと体を動かす。このままではアリスが彼女の宣言通りになってしまうのが本能で理解できたらから。


「さようなら」


 左手にギラリと光る金属のような鋭利な物体が見えた。


 ──本気でマズイ!


「やめろーーーー!」


 普段からは想像もできないような大声を出し、魔神の体へと突進していく。


 いきなり衝撃を浴びた魔神は吹き飛ばされ、驚きの表情を見せる。だが、驚いたのは衝撃にではない。なぜ、自分だけの世界にこの男が侵入してきているのか。理解ができなかったため、驚きを見せたのだ。


 何事もなかったかのように立ち上がり、髪の毛を丁寧に整える。


「まさか、この世界に入ってくるかとは」


「どういう事だ」


「気づいてないみたいね。マナが漏れてる。多分、無意識に魔法を跳ね返したか何かなんでしょうね」


「魔法を跳ね返した? ……まさか!」


 彼女の説明でアラタは自分が持っていた魔法──『反射リフレクション』の存在を思い出した。なぜ、本人の意思に背いて、この魔法が使われたのかは謎だが、おそらく彼女の言葉から、死の恐怖が迫った事により無意識にマナが漏れ、今持っている全ての魔法が使用されたのだろう。


「だから今、息をしているのはアナタと僕だけ。不思議なものでしょ? 世界が温かく、美しく思えるのは何かがあるからで本当は……」


 突然苦しそうに咳き込み、魔神は地面を膝についた。同時に魔法が解除され、全ての時間が均等に動き出す。


「まさか……時間停止」


 彼女の魔法が時間停止である事を偶発的に知れたのはいいが、


(対抗できねぇ)


 いや、アラタには『反射リフレクション』があるからなんとかなるかもしれないが、おそらく魔法同士の衝突はマナの総力戦になるだろう。あれだけの魔法を使える魔神とそうなれば、まず敗北は免れない。だが、魔神の腹は決まっている。やらなければ自分がやられるだけだ。


「もう少し持って……お願いだから」


 魔神が息を整えながら立ち上がる。


 その姿を見たアラタが剣──『闘神とうじん』を構え、魔神を見据える。


「私も!」


 アラタと共に戦う為に、前に出ようとするイリスをメイアが手を出して遮る。


「あの目は覚悟が決まった目や。何か、何か策があるんや、きっと。だから、邪魔しちゃダメや」


「なんで!」


「アラタは状況が読める人や。助けが必要なら素直にお願いする。何も言わんってことは……アンタもわかっとるはずや」


 前にウルフィンガーと戦った時の事を思い出すイリス。唇を噛み、感情を押し殺してアラタを信じて後ろへと下がる。


「それでええ。ウチも彼を信じとるから」


「私もです」


 背中越しに皆の思いを感じ、アラタは肩の荷が少しだけ降りた。微笑し、そのまま魔神へと接近していく。そして、二人だけの世界へと踏み入れた。


 氷点下を軽く超える程の冷たさを肌に感じ、気遅れするアラタ。


(いや、錯覚だ。もし、現実なら動けねぇはずだからな)


 そう言い聞かせ、魔神へと剣を振り、先制攻撃を仕掛ける。魔神も小型ナイフで攻撃を受け止め、それから二人の攻防は一進一退になっていく。


 強力なマナ同士がぶつかり合い、お互いの体力は異常な早さで失われていく。


 ここからはマナの総力戦だ。


 アラタにとって『反射リフレクション』を失う事は負けを意味する。だから、絶対に切らすわけにはいかないのだが……攻撃を食らったわけでもないのにアラタは急に吐血した。


「これが年季の差ね。同じ量だけのマナを持っていてもアナタと僕ではこの世界に来てからの時間に差がある。魔法の使い方もね」


「この世界だと……まさか!」


「気づいてなかったの? 僕もアナタと同じ日本人。僕がこの世界に来たのは、今から十年前。ついこの間召喚されたアナタとは天と地程の差があるのよ」


 衝撃の事実を告げられたアラタだったが、彼女の魔法の異常さには合点がいった。しかし、それとこれとでは話が違う。たとえ、同じ異世界召喚者でもアラタには負けられない理由がある。


 仲間に託された。その思いに答えなけらば、今ここに自分がいる意味がなくなってしまう。


(くそ!)


 それでも体は重くなり、踏ん張るだけでも過剰な疲労感を感じ、動けているだけでも奇跡のようだった。


「勝負ありね」


 彼女がそう呟いた途端、アラタは鳩尾みぞおちに魔神の拳を受け、集中力は一気に溶け、意識を失った。彼女の世界は異物であるアラタを追い出し、本当に彼女だけの世界になった。そんな彼を見て、


「この場所は絶対に渡さない。あの人との思い出の詰まったこの場所は……」


 と、過去に失われてしまった思い出を、瞳の中にだけ映して感傷かんしょうに浸るのだった。



 

 

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