第十一話 特別クエスト

「起きろー」


 子供のような無邪気な声と共に体の上に重圧がかかり、アラタは夢の世界から解放される。突然の事で何事かと思ったが、ぼやけた視界の先には人のようなシルエットが見えた。


 顔ははっきりと見えない。だが、体のラインは女性のもの。豊満な胸や引き締まったくびれなどが特徴的。


 アラタは驚き、一瞬にして覚醒する。そして、馬乗りになっている女──イリスに言葉を漏らしていた。


「おい! ここ男子寮だぞ!」

「知ってるよー」


 彼の言葉を聞いてもイリスは構わないと言わんばかりに、アラタから無理矢理布団を奪う。


 癒しの場所から引きずり下ろされ、アラタの気分は最悪だ。何故この場所に来たのかはわからないが、この状況は起床以外許してくれないので、仕方なくベッドから降りて身支度を始めていく。しかし……服などを用意し始めたアラタは彼女の方を見た。


「部屋から出てくれない?」

「あっ! そうだよね……ごめん、ごめん」


 さすがの彼女でも異性という感情は持っているらしい。イリスはおとなしく玄関から外へ出て行った。


 支度を終えたアラタはイリスの元へと向かう。


「今日は何の用?」

「前に行こうと思ってた『パーピッグ討伐』もう行けるでしょ? だから、二人を誘おうと思って。リコには声をかけてあるから心配しないで」


 街を歩きながらそんな会話を繰り広げる。前はランク不足で行けなかったが、今はもう条件を満たしている。アラタとしても不服はないので、彼女の目的の為に人肌脱ごうと気合を入れていく。


 クエストの事や射撃場での事など色々な雑談を交わしていると、あっという間にギルドの前へと辿り着いた。


「あっ! アラタさん、イリスさん」


 茶髪のストレートロングを靡かせながら、メガネっ娘──リコが手を振りながらこちらへやってくる。今日はTシャツのようなラフな服装をしていたので、ワンピースを着ていた時の雰囲気とは違って見えた。それがアラタにはまた刺さる。


「どう、したんですか」

「い、いや……なん、でもない」


 見惚れていた事実を誤魔化そうと、平静を装って言葉を紡いでいく。だが、


「リコに見惚れてたんでしょ! 顔に書いてあるよ!」

「余計な事言うなよ!」


 いまの一言でアラタの苦労は水の泡となった。


 イリスの言葉を受け、リコまでも赤面する。その直後……


「似合ってますか?」


 上目遣いでアラタに今日のコーデの出来を聞いてくる。ファッションに疎いアラタとしては、彼女という最高の素材をが着る服装は全て輝いて見えるので、「可愛いよ」とだけ無難に答えておいた。


「そこのお二人さん、いい感じですねー」


 最後の最後までイリスにからかわれるが、二人は言い返す言葉が出てこず、赤面するだけだった。そんな二人はお構いなしに、


「早く、早く!」


 二人の手を取って、中に入っていく。出会ってから一週間の月日が経っているので、今更彼女の大胆さに驚いたりはしない。


 中に入るといつも通りたくさんの冒険者で賑わっていた。だが、今日はいつもとは違う。賑わいというよりは騒がしいと表現した方がいいだろう。その理由はこの場にいる人が一点に視線を集中させていたからだ。


「おやめください」

「そうは言われましても、我々も業務できてるんです。指図は受けられません。邪魔をするのなら妨害行為にて拘束しますよ」


 筋肉質の男と一緒にいた冴えない男が受付嬢へと剣を突きつける。


 あまりの恐怖に、受付嬢は大人しく引き下がるしかできなかった。それを見ていたアラタ達は、


「何してる!」


 男達の方に詰め寄っていく。


「何してるって? この男を捕まえにきたんだよ」

「なに?」


 男達の背中で見えなかった突っ伏している男を見て、筋肉男の言っている意味を初めて理解できた。


 だが、捕まっている男は普通の人間といった感じで、何をどうして捕まってのかまでは理解できない。その状況に三人は呆然と立ち尽くすしかできなかった。


 男が部下に指示を出す。


「連れて行け」


 その一言でこの場にいた半分──三人の部下が男を連行していった。


 ようやく仕事がひとつ片付いた男は、伸びをしながらアラタ達の方を見る。


 生来の性格で、わからない事は理解するようにしているアラタは、無意識に口から言葉を漏らしていた。


「あの男は一体……」

「あいつは敵国のスパイだよ。冒険者として潜入して決められたエリアを越えて資源を盗もうとしたんだ」

「スパイ……資源……」

「知らないのか? 冒険者にはクエスト制限エリアが設けられている。基本的に国が所有している領土のみで資源回収や狩猟を行なっていいというギルド法があるんだ。こいつはそれを破った。だから我々がこうして拘束に来たんだよ」


 部下の冴えない男が筋肉男のアラタの呟きに答えてくれる。


 状況を理解できたアラタだったが、今度は冴えない男がアラタを睨んでくる。そして……いきなり腰に携えている剣を突きつけてきた。


「なんのつもりだ!」

「なんのつもりって。お前も拘束するんだよ。怪しかったから調べたんだお前の事を。そしたら面白い事がわかった」


 ステータスと同じ容量で空中にタッチパネルを出現させ、アラタの情報を本人達に見せつける。


「出生不明、ここ一週間以前の記録なし、突然のスピード昇格。怪しさしかないでしょ?」


 異世界召喚の恩恵と言えれば逃れられるのだが、そんな事は口が裂けても言えない。故に、アラタは口をつぐむ。


 無言がアラタからの返事だと解釈した部下の男は、拘束の準備に入った。


「待った」

「ケイロス隊長!」

 ケイロスと呼ばれた筋肉隆々の男が、部下の行動に抑制をかけた。


「そいつは利用できる。今回見逃した事に恩を着せてあの件をやってもらおう」

「あの件って正気ですか!」

「あぁ、正気だよ。『からの領土』奪還をこいつらに委託するってのはな」

「『空の領土?』」


 突然謎の単語を出されてアラタは困惑。だが、アラタ以外の面子は恐怖を抱いたような表情をしていた。まるで聞いてはいけない単語を聞いてしまったかのように。


 周りの反応があまりにもおかしく、アラタは「どうしたんだ?」と、言葉を出していた。


 彼の言葉を聞いた受付嬢は震える唇を一生懸命に紡ぎながら『空の領土』について説明をする。


「『からの領土』というのはどの国も所有権を持っていない領土の事です。所有権がないので、どの国も届出さえ提出すれば訪れるのは可能なんです。でも……いつまでも所有権がないのはどうしたものかと、全ての国がこの場所の特許を取る為に真剣になってるってのが現状ではあります」

「で、その『空の領土』を俺達のものにしたいってのが国王の考えだ。しかしな、あそこを守る絶対神と呼ばれる存在が邪魔で一歩踏み出せないってのが問題になってる」

「そいつの退治を俺に頼みたいと」

「そういう事だ」


 なんだか壮大な話になってきたが、アラタがこの依頼を受ける必要はない。勿論、面倒には巻き込まれたくないので、丁重に断ろと思っている。が……


「これは命令だ。断ったら……テメェを拘束する。これだけ不審要素が揃ってれば難しくないだろうな。だから……」


 ここで一旦言葉を区切り、ケイロスは告げる。


「この任務を成功させて、証明してくれよ。お前が危険人物ではなく、この国に有益な存在だという事を」


 アラタを見下し、強者としての圧をかけてくる。


 言い返せなかった。最悪、対抗してもよかったのだが、相手は衛兵だ。問題を起こせば後々面倒になってしまう。だからこそアラタの答えはひとつだった。穏便に済ませるべく、やむを得なく彼らの任務を引き受けた。


「それでいい」


 歯を食いしばるしかできなかった。そんな自分が不甲斐なくて……


 やり場のない怒りを内にだけ秘め、『からの領土』奪還作戦の詳細を聞いていく。


 内容は簡単で、魔神と呼ばれる最悪を倒すだけ。一見簡単そうに聞こえるが、魔神の実力はイリスを凌ぐものらしい。現に一度、イリスに討伐を依頼したらしいが、ボロボロになって帰ってきた過去があるのだとか。


 その話を聞いてアラタは恐怖した。


 この一週間見てきた限り、イリスの強さは他の冒険者とは比べ物にならない。まさに伝説と言っても過言で、最強の名が相応しい冒険者だった。


 そんな彼女が手も足も出なかった相手が自分に務まるのか……


 不安な感情を抱いていた為、無意識に表面上に出てしまっていたらしく、体は震え、自分でも制御が難しい。そんな時、


「私も行きます」

「イリスも!」

「お前ら……」


 アラタだけに重荷は背負わせたくないらしく、二人は進んで立候補してくれた。その二人の気持ちがとても嬉しくて、アラタは心の中に熱いものが込み上げてくる感覚を得た。


(嬉しいな。ここまで想われてると)


 心の底から感じる歓喜は、身体への変化ももたらすらしい。抱いていた恐怖は頼もしさに変わり、体の震えは自然となくなっていた。


「決まりだな。じゃあ、一時間後にここへ集合だ。こちらも準備がある」


 懐から紙切れを取り出してアラタへと投げる。それを受け取り、アラタは「わかった」と返事だけをして、異世界で初の最高難易度のクエストへと足を踏み込み始めるのだった。

 

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