第十話 衛兵登場
ウルフィンガー討伐から一週間の月日が経過した。三人はクエストをこなし、順調にランクを上げていっていた。イリスやアラタ、時々リコの活躍もあり、異例のスピード昇格。最高ランクの半分──ランク五まで到達していた。
「かんぱーい」
『かんぱ〜い』
イリスが先陣を切り、レストランで昇格祝いをする。もちろんメンバーはアラタ、イリス、リコの三人だ。
机の上には豪華な料理が並んでおり、現実世界では食した事のない物ばかりでアラタも少しだけ気分が上がる。特に自分達が狩った『ザザマール』の肉は
その他にもワイン、主菜、魚など、さまざまな豪華食材が揃っている。
「美味しい……」
あまりの美味しさにリコはふと口から言葉が漏れていた。
それに続き、アラタも幻の食事を一口。言葉を失う。
「そこまで感動してくれるとイリスも嬉しいな」
二人を見て、心の底から喜んでいる表情を見せる。彼女としてもご馳走して正解だったみたいだ。
料理は二人に好評で、すぐになくなっていく。異世界に転移してきたアラタにとっては初めての異世界レストランで緊張したが、そんな感情すらも忘れさせてくれる時間を過ごす事ができた。
「まだ食べる?」
「そうですね……」
「はい! 俺、デザート食いたいんだけど、いいのあるかな」
「デザート? 確か結構いいの揃ってたような……」
メニュー表を見ても異世界文字で書かれているのでアラタには読めない。なので、イリスにお願いしてメニューを見てもらう。
「プルンにパルフェ、ソフトクルーム、どれもいいけど……やっぱおすすめは、ぱんけーき、かな?」
「パンケーキ?」
「あれ? 知らないの? すごくおしゃれで今女の子にすごく人気なのよ」
名前は知っているが、それはアラタのいた世界にあった食べ物だ。向こうでも一時期ブームになったのだが、アラタはバカらしいと思って食べるのを敬遠していた代物。それがこの世界にあるという事は……
(俺以外にも召喚された人がいるのか?)
そう結論を出し、心の中にしまっていく。
「じゃあ、パンケーキお願い」
「私もお願いしまーす」
「はい、はい、わかったよ。店員さーん」
と、言って三人分のパンケーキをイリスが注文した。
注文の品はすぐに提供される。イチゴのようなフルーツがふんだんに使われ、クルームと呼ばれる白くて甘い食べ物でコーティングされている。
SNSがあれば絶対に映える見た目なのだが、彼女達はそんなものを知らないので、撮影という行為にすらならない。それがアラタにとってはすごく新鮮で嬉しかった。正直、ああいった物についていくのはだいぶ疲れるのだ。
おしゃれなパンケーキを初めて頂き、心も体も満足になった所で、お会計を済ませていく。
イリスが全て出してくれると言ったが、アラタはカッコつけてこの場の支払いを全て出す。
「ありがと! でもよかったの?」
「まぁ、いつもお世話になってるからな。ちょっとしたお礼だよ」
「でも、申し訳ないです」
道中そんな会話がされるが、「心配しないで」と強がっていく。ちょっとお財布にダメージがあったが、男には見栄の方が大事な時があるのだ。
今日は一日オフと決めて遊びに来ている。
まだお天道様が登っているので帰るのは惜しい。何か遊べる施設がないか辺りを探していると……射撃場のようなものを見つけた。
「おー、撃っていきますかー」
「私も景気良く一発撃ちたいですー」
「えっ!」
物騒な事を言う女の子二人に強引に中へと連れて行かれた。
室内に入るとバーのような空間が広がっており、端の方に射撃を楽しめる場所があった。おそらく、お酒を飲みながら、射撃を楽しめるというコンセプトの店なのだろうが、使っている銃があまりにもリアル過ぎる。少し恐怖心を覚えたアラタだったが……
「大丈夫だよ。BB弾だよ、BB弾」
リコが恐怖心を拭ってくれるかのように説明をしてくれた。
彼女の説明を聞いて少しだけ安心し、空いている席に腰を下ろして射撃場の方を見た。
リコとイリスがお金を払い、置かれている銃を受け取る。
最初はリコが挑戦するようだ。モデルガンを構えてよく狙っていく。────結果はど真ん中への命中。その後も外す気配がなく、全ての弾を中央に命中させた。
リコの神業とも言える技術を前に店内の客は彼女に釘付けにされる。アラタ自身も思わず目を奪われ、魅了された。
すべての弾を撃ち終えたリコは肩の力を抜く。だが、視線が全てこちらに向き、拍手喝采が起きている現場を見てキョトンとした。彼女としては当たり前の事をしただけだが、他者から見れば充分凄い技術である。
「君、凄いね」
そんなリコへと大勢の人を連れた男がやってきた。突然の出来事で反応に遅れたが……男へと言葉を発しようと振り向いた途端に絶句した。そこには……あの時ナンパをしてきた男──ニッチがいたからだ。しかも今回はひとりではない。
「どうしたの?」
彼に言葉をかけられたが、言葉が出ず無意識に後退りをしてしまっていた。
それを目撃したアラタは急いで席を立ち、ニッチの方へと向かって行く。
「テメェ!」
肩を掴み、恨みの募った声色で言葉を浴びせる。だが、一緒にいる仲間に腹を殴られる。その姿をニッチは下品な笑い声を上げながら見ていた。
人が殴られたのにも関わらず、誰もが知らないふりをしていく。今の今まで射撃を見ていたのが嘘のように……
この状況をニッチは利用しないわけがない。アラタを見下しながら、汚い言葉を投げかけてくる。
「テメェを探してたんだよ。この前は恥をかいたからな! でも、この人数相手は流石のお前でも……」
言葉を紡いでいる途中でイリスがニッチの肩を掴んだ。凡人がやれば何も起きない普通の行為だが……彼女が行うと意味が変わってくる。肩はミシミシと音を立てて今にも骨が砕けそうだった。
ニッチが悲鳴を上げていく。痛みに耐えかねた彼は、イリスに手を上げた。それを簡単に受け止められ、顔面に重い裏拳が突き刺さる。
酷いようにやられたニッチは仲間にも加勢するように命令を下す。
ひとりの女の子に複数人が襲いかかる地獄のような光景が広がる。
殴られた腹の痛みが引いてきたアラタも彼女へと加勢する為に、立ち上がって彼らを見据える。
「あれ? アラタって肉弾戦できないよね」
「バーカ。舐めんなよ。俺の実力、嫌ってほど見てきただろ」
「それは特殊魔法とその剣のおかげでしょ。大人しく下がってなよ」
「言うね」
軽口を叩き合いながら、防御魔法と圧倒的身体能力で敵を翻弄していく。
アラタが防御に徹し、イリスは次々と雑魚共を気絶させていく。
二人の圧倒的な技量を前に、ニッチはまたも腰を抜かしていた。
イリスがニッチへと迫っていく。その光景を見たニッチは地面に尻をつけながらズルズルと後ずさっていく。だが、歩くスピードと尻を引きずるスピードでは前者の方が早い。イリスに追いつかれ、小さな手で頭を掴まれた。
肩の件で骨を砕かれると思ったニッチはみっともない悲鳴をまたも上げる。
「殺さないよ。それと……君、ギルドカード偽造してるでしょ?」
「ひぃっ!」
「だって、ゴールドカード持ってるのって、イリスとミネルヴァって女の子だけ。彼女は行方不明って扱いを受けてるから、現役はイリスだけなんだよね」
笑顔を浮かべながら意外な事実を皆の前で暴露していく。
彼女の説明を聞いて、アラタとリコは彼の弱さに合点がいった。
ある程度実力のある者であれば、イリスのように威厳を感じるはずだ。なのに彼からは一切それが感じられなかった。
「じゃあ、レベル一って事か?」
「ううん。多分ギルドカードすら持ってないただのチンピラってところだね。どうやって偽造したのかはわからないけど、ギルドを騙せてるって事は、そっち系は相当な腕なんだと思う」
なんてもったいな男なんだとアラタは思う。もし、正しい方に力を使っていたのであれば賞賛を受けただろうに。
「で、いつまで傍観者でいるつもりなの? 衛兵さん」
イリスが目線をニッチから外し、突然店の中にいる誰かに話しかける。その言葉を受けてひとりの男が席から立ち上がった。
鍛え抜かれた肉体に二メートルを超える高身長。彫りの深い顔に生えている整えられた
「いつから俺の存在に気づいてたんだ?」
「初めからよ。事件が起きたのは偶然だけど、介入してこないのは不思議に思ったよ」
「そうか」
男はやけに納得していくが、アラタは納得できていなかった。だからこそ、この男に啖呵を切っていく。
「お前が最初から出てたらすぐ終わったんじゃないのか!」
「生憎、俺は非番でな。それに、お前の実力を見る為にわざとお前らにやらせたんだよ。サイトウアラタ」
「なんで俺の名前を……」
「もうここでは有名人だよ。後ろの女もな」
スピード昇格の件がここまで響いているとは思わなかった。この事実に嬉しいような少し怖いような複雑な感情をアラタは抱いた。
「じゃあ、コイツらは連行していく。協力に感謝する」
「うん、あとはよろしくねー」
その言葉を最後にアラタ達は衛兵の男から離れた。
肝心の衛兵の男は魔法を使用し増援を呼ぶ。僅か五分足らずで増援は到着し、衛兵達は店を後にした。
衛兵という異世界の常識たるものと遭遇したアラタだったが、彼はまだ知らない。この男との出会いが自分の運命を百八十度変えることになろうとは……
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