第七話 異世界の日常

 次の日、カーテンの隙間から差す光が目を刺激し、アラタに朝がやってきた。覚醒しきっていない意識でぼんやりと状況を掴みつつも、いつもの癖でゴロゴロとする時間を過ごしていく。しかし……


「ヤベェ!」


 昨日リコと約束した事を思い出し、ベッドから飛び起き、急いで朝の身支度をして寮を出る。


(待たせちゃってるかなー)


 遅刻しないか心配しながら、誰も通らない細道を走って大通りへと出る。


 流石は街なだけある。たくさんの人でごった返していていた。


(見当たらないなー)


 肝心のリコの姿はまだ見えなかったので、見当たりのいい場所まで移動して待つ事にする。すると……


「すいませーん。待ちました?」


「ううん、大丈夫だよ」


 少し焦りながら小走りでこちらに走ってくるリコに優しい言葉をかけたのだが、アラタは彼女に目を奪われた。


 理由は、昨日とは違う花柄のワンピースを着ていいたからだ。着こなし方も大人っぽく、すごく色気を感じる。メガネというただのワンテイストにしかすぎないアクセサリーは破壊力抜群で、同じ人物なのに直視するのが難しい。


「どうかしましたか?」


「いや、何でもない」


「そうですか」


 自分の魅力がアラタをこのようにしているとは理解しておらず、彼女はキョトンとした表情を浮かべた。


「確か街の案内でしたっけ」


「うん。俺、ここに来て日が浅いから。ごめんね」


「いいですよ。助けてもらったお礼です。まぁ、こんなので全部返せるとは思ってませんけど……」


 あれ程の恩義に釣り合うとは思っていないが、何か形として返したいと思ってはいるらしい。彼女の純粋な行為にお礼を言い、二人はこの場所を出発した。


 やはり王都というだけあって、もの凄い喧騒だ。


 道に止まり楽しく会話をしている人。懸命に接客をしている店主。物を購入している人。雰囲気は違っても、現実で見慣れている景色がそこには広がっていた。


「そういえば娯楽ってないの?」


「ありますよ。射撃に騎士盤などが有名ですかね」


「騎士盤?」


「えぇ、ボードの上に騎士を乗せて相手の将を討ち取るゲームです。これが意外と頭を使って楽しいんですよ。アラタさんも一度やってみます?」


「いや……俺は遠慮しておこうかな」


 小学校の時にやった将棋でボロ負けした時の事を思い出す。あれ以来、ボードゲームはトラウマになり遠ざけているのだ。


 そうやって、談話をしていきながら色々な所を見ていく。そんな時……リコがある店舗を見つけて立ち止まった。


「服屋……」


 そう呟いてリコは服屋へと導かれていく。突然の行為に呆気に取られるが、アラタは彼女の後を付いていった。


 淡い茶色に異世界語で『服屋』とロゴが書かれた外装に奥行きをうまく使った内装の店舗だ。更には証明までこだわり尽くして作られている。こういった場所にあまり来た事のないのアラタでも直感で心惹かれる服屋だった。


「これも、これも、これも可愛い!」


「あのー」


 クエストに行く時や通常時とは違う一面を見せる。その姿は完全に行動や言動が洋服オタクのそれだった。


「これとかどう思います!」


「あっ! えーっと」


 洋服に関しては完全に素人アラタは意見をする事ができない。無難に「いいんじゃない」と返しておいてが、理解してはいないので本当にいいものかどうかは本人にも理解できていない。


 それから三十分くらい彼女の趣味に付き合う羽目になる。気分が乗ってきた彼女は自分だけでは飽き足らず、アラタもコーデしていっていた。


 不意にやられた事だったのでびっくりしてしまい、彼女に流されていってしまう。


 着た事のない白色のTシャツやベージュのチノパンなどを選び、彼女なりのベストを構築していく。


「こんなおしゃれな服着た事ないんだけど……」


「いいじゃないですか! おしゃれしててマイナスな事はないですから」


 見慣れない姿を鏡で見て、少し恥ずかしくなる。だが、それと同時にコーディネート次第で人の印象は変わるのだとも実感した。


 アラタ的にも結構気に入ったので服は購入。その服を着て店を出た。


「ごめんなさい。私の趣味に付き合わせちゃって。服が絡むとああなっちゃんです」


「いいよ。俺も楽しかったし」


 今の言葉から彼女のコンプレックスでもあるみたいだ。彼女が傷つかないように優しく言葉をかけていくのだが、この言葉はあながち嘘でもない。


 そんなアラタの言葉を聞いて、「ありがとうございます」と一言添え、当初の目的──街案内へと二人は戻っていく。そんな時……ドォンという大きな音がして、アラタは全身に衝撃を受けた。


「すいません。大丈夫ですか?」


 目の前に立っている女が尻餅をついているアラタに手を伸ばしてきた。


「問題ないですよ」


 差し伸べられた手を取り、立ち上がっていくのだが……視界に美しい女性が入ってきてアラタは目を奪われた。


 アラタと同じくらいの身長に女性らしい豊満な肉体。優しさが包み隠せないような外見。金髪のロングヘアー。どれをとってもアラタの理想のタイプの女性だったからだ。まるで聖女。そう呼んでも差し支えない程の完成された女性だった。


 その女性はアラタの目をじっと見据える。


「ど、どうかしましたか?」


 今度はアラタの顔を両手で掴み、息がかかる距離で見つめてくる。女の突然の行為にアラタはともかく、近くで見ていたリコも赤面していた。


「やっぱり!」


「ななな、なにににが……」


「付いてきて!」


「へっ!」


 おっとりとしつつも芯のある声で言葉を放ち、いきなり手を引っ張られた。完全に彼女に主導権を握られていくのだが、それが少し恥ずかしかった。


「なんなんですか。もう!」


 突然の行為に何が何だかわからないリコも二人の跡を追いかけていく。


 しばらく道なりに走り、二人はある場所に辿り着いた。


「ギルド?」


「いいから入って」


 意味がわからない状態で、アラタは女にクエスト版の前まで連れて行かれる。そして、


「イリス。イリス・R・ペルフェクティオ。君の実力を買って頼みたい事があるの」


 と、アラタを見て切実に懇願していくのだった。

 


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る