其ノ十一 ご老人

 染子様は乾いた手拭いで、そのよわい九つぐらいの少年のお体を優しくお拭きになられると、寒くないよう綿入れ半纏はんてんくるんで御自分のお背中におぶわれ、縁側の次の間に敷いてあったお布団に、静かにその子をお寝かせになりました。


 染子様は再びお庭のたらいむしろの所に戻られると、

「さあ、お次はお義父とう様の番ね。」

 そう仰ると、縁側に腰掛けていらっしゃる、よわい七十位の、歯ももう殆どないご老人の方に向かってお声を掛けられました。


 ご老人は、小柄な染子様の倍くらいの目方めかたがお有りになるようですが、足が御不自由なのか、ご自分でお立ちになる事が出来ず、染子様が肩に担いでよいしょ、とむしろの上にお下ろしになられました。


 それをご覧になった安子様は思わず、

「あの……、お手伝いしましょうか?」

 と声をお掛けになりましたが、

「あら大丈夫、大丈夫。いつもやって居る事ですから慣れて居るのよ。それにあなた、お背中に赤子様あかごさまがおいでになるじゃないの。」

 染子様は明るくこう仰ると、慣れた手付きでてきぱきと、湯の入ったたらいの中で布巾ふきんを絞られ、ご主人のお父上で有られると言うその大柄なご老人のお身体をお拭きになられました。


「いつも、こうしてお一人でお二人を見ていらっしゃるのですか?」

 安子様がこうお尋ねになると、染子様はご老人をお拭きになる御手は止めずに、

「ええ、まあね。主人はおもて(会社)が忙しいし、うちにはお女中を雇うお金も無いから。上のお兄ちゃんは生まれた時から心の蔵が悪くて、本当はね、七つまでも生きられ無いだろう、っておさじ(医者)には言われて居たのだけれど、有難い事に、この年まで長らえてくれて。」

 と、最後の方は母屋おもやで寝ておられる少年には聞えぬように、小声でお答えになられました。

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