其ノ九 お心延え

 山田様はこう仰ると、

「と言う訳だから、こちとら大奥(PTA)取締方とりしまりがた(本部役員)なんざ、引き受けるつもりはこれっぽっちも無いんだ、さあさ、とっとと帰りな。」 


 そのようにお言い捨てになり、山田様も田中様も安子様に背をお向けになり、お勝手口かってぐちに下がって行かれたので御座います。


 安子様がとぼとぼと長屋を後にする途中、お二人はこちらをちらちらとご覧になりながら、何やらひそひそとお話しをされており、そのご様子がより一層、安子様の御心をどんよりと重くしたので御座います。


 安子様は御気分も悪くなり、もうこれ以上お歩きになる御気力も湧かぬほどで御座いましたが、このまま帰ったのでは、おでん方様かたさまに何のご報告もお出来にならぬと思い、あともう一件だけでも回らなくては、とお手元の御住所録の次の一行いちぎょうに御目を落とされました。


井伊いい 染子そめこ様」


 あゝ、このお方は確か、御入学の儀の折、雪組の御組取締おくみとりしまり(クラス委員)をお引き受け下さった上、吹き矢の時分、幼い花子を見て居て下さった、大変お心延こころばえの優れたお方、この方ならばもしかすると、こちらのお話しを聞いて頂けるかも知れぬ、安子様はこの事にに一縷いちるの望みをお掛けになり、染子様の御自宅へとを進められたので御座います。


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