其ノ七 長屋

 安子様は塞ぎ込まんとする御心おこころを押して、徒歩かちにて表通りから一本入った裏路地にある、とある長屋ながやに辿りつかれました。


「御免下さい、大奥(PTA)御吟味方ごぎんみがた(選出委員)の者です。田中様はいらっしゃいますでしょうか。」


 安子様がそのようにお声がけなさると、共用の井戸の周りで何やら御作業なさっていた一人のご婦人が安子様の方を振り返られ、

「私が田中だけど、あんた、この辺じゃ見ない顔だね。一体、何の用件だい?」

 帯も付けず、腰をひもで括っただけの浴衣ゆかた湯文字ゆもじ、と言った普段着姿の田中様がこうお答えになりました。


「あのう、私は大奥(PTA)の……。」

 と、安子様がそこまでお話しになったのに割り込むような早口で、

「なんだって? 大奥(PTA)? ああ、帰った帰った。大体ねえ、うちは子供を寺子屋には入れたけど、大奥(PTA)なんぞに入った覚えはこれっぽっちも無いんだよ。」

 田中様はそう仰ると、迷惑そうにかぶりを振られました。


「と、申しますと?」

 と安子様がお聞き返しになられると、田中様はこうお答えになりました。

「いいかい? 寺子屋と大奥(PTA)ってのは、本来別の御組織で有る筈なのに、御入学早々、何の断りも無くひとりでに会員扱いにされちまって、勝手にお役決めだなんだと振り回されて、おまけに会費まで取られちまうんだから。

 御住職様ごじゅうしょくさま(校長)に掛け合ったって、何だかんだと理由をお付けになって、大奥(PTA)を辞めさせてすら貰えないなんて、本当にたまったもんじゃない。」


 その時、安子様と田中様のお話しが聞こえたか聞こえなかったか、長屋に戻って来られたもう一人のご婦人が、この会話に御加勢なさいました。



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