其ノ二十一 襦袢

 一方、川原から自宅の方角に煙の筋が上がって居るのにお気付きになられた安子様は、ここのつき身重みおもの身を押して御自宅に向かって走って行かれ、とうとう屋敷の門前に辿り着かれた、その時に御座います。


「わあゝん、おかあたま! おかあたまあ!」

 と、小さい女子おなごが泣きじゃくるお声が聞こえました。安子様はその声が、確かに聞き慣れた愛娘まなむすめのもので有ると確信なさると、門前の前栽せんざいを突き破るような勢いで、声のするかわやの方に駆け出されました。


「ああ、大変な事に。火が、火が薪に!」

 安子様は、焚き付けの薪の上に、落ちた手燭てしょく蝋燭ろうそく、そしてまさに今燃え盛らんとする飴色あめいろの炎を見て取ると、事の次第のほぼ全てをお察しになり、一瞬、頭の中が真っ白になりかけました。


嗚呼ああ、こうしては居られない。」


 安子様は提灯ちょうちんを地面に置くと、身体中の力を振り絞って、その場にへたり込んで泣いていらっしゃる花子様を抱き上げ、少し離れた所まで避難させますと、火元まで駆け戻り、帯を解いて単衣ひとえを脱いで、襦袢じゅばん一枚のお姿になられたので御座います。


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