其ノ十八 次の間

「誠にかたじけのう、有難う御座います。花ちゃん、よっちゃんのお母様の仰る事を良く聞いて、良い子にして居るのですよ。」

 安子様はそう仰って花子様をつぎまで見送られますと、文机ふづくえに向かい、今度こそは、と二枚目の蝋原紙ろうげんしを文鎮に固定し、窺書うかがいしょ(アンケート)を書き始められました。


 此度こたびはするすると事が進み、文章の中程なかほどまで鉄筆てっぴつを進める事がお出来になりました。

 嗚呼ああ、こうして皆様にご協力を頂いて、集中出来る場を作って頂いて居るとは、誠に感謝にえぬ事に御座います。

 幼いお子を見ながらでは、こうした物書きのようなちょっとした御作業も、きちんとやり遂げるのはなかなか容易な事では御座いません。こうした事はお子を産み育てる前の、若かった娘時分むすめじぶんには思いも寄らなかった事よ、と安子様はお思いになるのでした。


「さて常磐井ときわい様、蝋紙ろうがみを書き終えましたよ。」

 安子様はそう仰って鉄筆てっぴつを置かれると、常磐井ときわい様に書き上がった蝋原紙ろうげんしをお見せになられました。

「ああ、素晴らしい書き上がりで御座いますね。早速、私が木枠きわくと回転棒(ローラー)を使って刷りに入りましょう。」


 「それは良かった。ほっと致しました。では、つぎに花子を迎えに行かせて頂きますね。」

 安子様は、書いている間も内心花子様のご様子が気になり、気が気では無かったので、矢も盾もたまらず、花子様が芳子よしこ様と過ごされているつぎに向かったので御座います。


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