其ノ十一 木戸

 赤鬼あかおに先生のおっしゃる通り、安子様は身重みおもの身で、御心労もあってか、青白いお顔をされておりましたが、苦しそうに身を横たえて居る花子様の小さなお顔をご覧になりながら、嗚呼ああ、もしこの子の身に何かあったなら、わたくし後生ごしょうまで後悔にさいなまれる事だったでしょう。この子の母であるこの私は、例えどんな事が有っても、この子の身を守らなくてはならないのに。例え大奥(PTA)のお勤めとは言え、数え三つ(二歳)の我が子から、片時も目を離してはいけなかったのだ、と悔やまれました。


 安子様は、花子様のお側に付いて、お顔や汗を拭かれたり、苦しそうな御様子の時は、優しくお声をお掛けになり看病なさいました。


 半刻はんとき(一時間)ほどそうしておりますと、先程まで息も絶え絶えだった花子様のお目々めめがぱっとひらき、

「おかあたま! おかあたまだ!」

 と、嬉しそうに仰いました。


「おかあたま、お水。のど乾いた。」

 と、花子様はお母君ははぎみにお水をねだられました。安子様は御自身が此処へいらした時分よりも、花子様がずっとお元気になられた御様子をご覧になり、ほっとしたお気持ちでお水を取りに立ち上がられました。


「お水を一杯頂きますね」

 と、診察室の方に向かって一言お声がけをなさると、 安子様は醫院いいんのお勝手かって(台所)で茶碗に水を注がれました。


 その時、

「ただいま戻りました。」

 と言うお声とともに、裏口の木戸きどががらりと開いて、常磐井ときわい様がお戻りになられました。


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