其ノ二十五 実家

 太郎君たろうぎみはまだ数え七つなので、気が動転していることもあり、うまく説明する事がお出来にならないようでした。


 太郎君たろうぎみと安子様のご様子を見かねた常磐井ときわい様が、努めて冷静にこう仰いました。

太郎君たろうぎみ、花子様がいらっしゃるのは常磐井ときわい醫院いいんでお間違い無いですね。」


 小さい太郎君たろうぎみ常磐井ときわい様の目をご覧になり、こくりと頷かれました。


「安子様、常磐井ときわい醫院いいんわたくしの実家です。橋を渡ってまっすぐ行って、銭湯せんとうを右に曲がって直ぐの所に御座います。今すぐ行ってお上げなさい。」


 安子様は何やら混乱したご様子でこう仰いました。

「え、ご実家に御座いますか? ええと、ええと、ここは……。御陣ごじん(テント)張りは如何いかが致せば…。」


「そんな事を仰っている場合では御座いません。御陣張ごじんはりなどわたくしが他の方々とも合力ごうりきして何とか致しますから、早くお行きなさい。ときに、太郎君たろうぎみ。」


 太郎君たろうぎみはおろおろしながらも精一杯気を張って、常磐井ときわい様に「はい」とお答え申し上げます。


「父が……、常磐井ときわい醫院いいん御匙おさじ(医師)が、今対応しているのですね。」

 と、常磐井ときわい様がお尋ねになると、

「はい。」

 と、太郎君たろうぎみはお答えします。


「ああ、父がいる時で良かった。安子様、太郎君たろうぎみ。さあ早く。わたくし御陣ごじん張りが終わりましたら、直ぐに駆けつける事に致しましょう。」

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