其ノ十九 後光

 四半刻しはんとき(約30分)ほど過ぎましたでしょうか。常磐井ときわい様が古びた大八車だいはちぐるま(台車)をおきになりながら臨時の馬場ばば(駐輪場)まで戻って参りました。


「はあ、御納戸おなんど(倉庫)に行けば必ず大八車だいはちぐるまが有りますでしょう、と思い行って見ますと、鍵を持った御納戸役おなんどやく(用務員)様が中々見つからず、思いも掛けず時を過ごしてしまいました。よっはん(午前11時)までには御作業を終わらせなければ成りませぬのに。」


 常磐井ときわい様は額の汗を拭いながらこう仰ると、早速石を積んで有る小山の横に、その大八車だいはちぐるまをお着けになられます。


 大きめの石は常磐井ときわい様が、小石は安子様が大八車だいはちぐるまに積み込んでゆきます。積み終わると定められた場所へ石を下ろし、汗を拭きながらやっと御作業を終えられました。

 そうこうしているうちにあっという間に昼九ひるここのツ(正午)の鐘が鳴り、定められたよっはん(午前11時)よりかなりの時が過ぎておりまして、次のご作業である御陣ごじん(テント)張に取り掛かるべく、お二人は早足で御鷹場おたかば(グラウンド)に向かわれます。


 途中、山門から本堂まで伸びる参道の辺りまで参りますと、先刻は小雨が落ちるほどの重苦しい曇天どんてんで御座いましたのに、東の空からさああ、と雲が引き、御天道様おてんとうさまが顔を出し、雲間から山門に向かって何かの後光ごごうの様な光の筋が差し込むさまがお二人の御目に飛び込んで参りました。


 その時に御座います。ど、ど、ど、と太鼓の音が鳴り響き、先触さきぶれの長く伸ばした高らかなお声が、寺子屋中に響き渡ったので御座います。


上様うえさまの、おり。」

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