其ノ十五 襷

 常盤井ときわい様はお答えします。

「それならば安心でございますね。本日は、力仕事もございましょうから、恰好も、ほらこのような。」


 常盤井ときわい様は、地味な無地の木綿の単衣ひとえに、結んだ帯が背中に付かない、まるでおすえ奥女中おくじょちゅうのような動きやすい出で立ちをしていらっしゃいます。たすき御袖おそでをぐいと上げて背中で結んでおり、ご自分の肩に食い込んだたすきに親指を掛けて、笑顔で安子様にお見せになりました。


わたくしも似たような恰好にございますわ。本日は張り切ってご奉仕しなくてはね。」

 二人とも、もとより働くことは御嫌いではないようで、しかも此度こたびはお子様方が待ちに待っておられる御鷹狩おたかがり(運動会)の御準備ですから、そのご表情は存外明るいものにございました。


 安子様はご集合の場所へと向かおうと、ふところから太郎君たろうぎみが上級生から渡された例のふみを取り出すと、その様子をご覧になり常盤井ときわい様はこう仰いました。


「ああ、そのおふみね。うちの息子もおでん方様かたさまのご子息から渡されたのですよ。御目見得以上おめみえいじょう(PTA運営委員)以下(その他の委員)を問わず二名、とありますから、その二名は御三役ごさんやくの方々でもよろしいはずなのに、どういう訳だか我々二人がお手伝い要員として指名されてしまったと言うことにございましょう。あとの方々は一体……。まあ、考えても詮無せんなきことなれど、嗚呼ああなにとなくせぬものにございますなあ。」


「ほんに。まあまあ、本日はお弁当も有りますから楽しみだわ。干瓢かんぴょうに握り飯と言った簡単なものにござりますれど。」


 気を取り直しましょう、といった具合に、安子様は笑顔でお答えになりました。



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