其ノ十四 堪忍袋

「なりませぬ。お役が全て決まるまで、何人なんぴとたりともお出になっては行けない、と先程の春日かすが様のお言葉をお聞きになりませなんだか。もしここを動くおつもりなら、何か一つお役を引き受けてからお行きなされ。」


 御錠口おじょうぐち瀧山たきやま様は、安子様に厳しいご叱責を浴びせると同時に、だんまりを決め込む雪組の御父母方の輪をぎろりと一周見渡しました。


「そうは申しましても、私にはお引き受けが難しい状況が諸々ございまして、此度こたびだけはどうかどうかご勘弁を。」


 安子様は、むつきの湿った泣きじゃくる幼い娘御むすめごを腕に抱え、ご自身は大人なれど、そう瀧山たきやま様に申し上げる言葉は、ほとんど涙声になっておりました。


「お引き受けになれぬ事情など、そなた以外のどなたにもそれぞれ有るに決まって居る。そんな事で逃れられる大奥(PTA)なら、どなたも苦労はせぬわ!」


 瀧山たきやま様のご叱責が大広間に響き渡ったその時、表のお庭で御寫眞ごしゃしんの撮影を待っておられる新入学のお子様方、さすがに御辛抱の緒が切れたのか、大声で泣き出す声、お子様同士で争う声などが漏れ聞こえて参りました。


 さすがにここまで半刻はんとき(約1時間)以上の御沈黙に、御父母の方々、これ以上は耐えきれぬと観念なさったか、お三方ほどがおずおずとお手をお挙げになり、


「私は、瓦版かわらばんつぼね(広報委員)を。」


「では……。私はお鈴係すずがかり(ベルマーク委員)を。」


「では、私は御縁日ごえんにちつぼね(文化、バザー委員)をお引き受け致しましょう。」


 と、渋々ながらもそれぞれ名乗りをお上げになって下さりました。



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