其の十三 沈黙

 雪組の親御様方おやごさまがたが輪になり座して居る所に、安子様は、空腹もあってか、むずかる花子様をあやしながら膝に乗せ、ようやく着座なさいました。


 鐘の音がごおんと遠く響き、大広間に差し込む日差しが、ちょうど目線の真上にあり、時刻は真昼ここのツ(正午)を指しております。


「どなたか、五つのお役目のうちいずれかを引き受ける者はおらぬか。早く挙手せぬか。」

 進行役のお錠口じょうぐち瀧山たきやま様が御声を荒げました。


 しかし、雪組の御父母方のうち、どなたも名乗りを挙げる方はおらず、一同顔を伏したまま、ただただ半刻はんとき(一時間)ほどの時が過ぎて行きます。

 どなたにもそれぞれ、お引き受けになれぬ事情がお有りなのでしょう。辛い沈黙は永遠に続くかとすら思われました。


 そうこうするうちに、安子様は花子様のお着物が湿って居る事にお気づきになられました。


 皆様の凍るような沈黙を破るように、安子様は勇気を振り絞り、声をお出しになられました。

「あのう、娘のむつきがお湿りしたようで、申し訳ございませんが、一時ひとときだけ退席させていただく訳にはまいりませんでしょうか? 必ずや戻りますゆえ。」


 この者、まさか逃げる気ではあるまいな? とでも言うような、まるで刺すような一同の視線を、一身に浴びる安子様でございました。

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