其ノ十一 人質

「お役決やくぎめ、これは如何いかなることに御座りましょう。」

 安子様は、常磐井ときわ様にお尋ねになりました。


「我が家の上の子の時も御座いました。先程、春日かすが様がおおせになった五つのご役職のいずれかを、寺子屋にお子をお預けになっている六年のうちに、お子お一人につき親御様が必ず一年は無給にて奉公せねばならぬ定めとなっておるのです。」


「そはまことにござりますか?」


「まことにござります。もしお断りになれば、大切なお子にどの様なわざわいが降りかかるやも知れませぬ。」


「災い……。」


 常磐井ときわい様のお言葉に、安子様は軽い戦慄せんりつをお覚えになりました。


「さように申されましても、私には数え三つのこの花子もおり、御家おいえのこともまこと煩瑣はんさな状況にございます。本年ほんねんはどのお役も果たせそうにはござりませぬが。」


「おいたわしい事には御座いますれど、どの親御様も皆、それぞれにご事情を抱えて居るのでございます。決まらぬ場合、もし吹き矢に当たってしまえば、何人なんぴとたりともそのお役を逃れる事ができぬ、それが、ここ大奥(PTA)の定めに御座います。」

 常磐井ときわい様はこのように仰いました。


 大奥(PTA)の定め? 私は太郎を寺子屋に入れただけであり、大奥(PTA)などと言う組織に身を置いた覚えも覚悟も無いのに、そのおきてに従い、言うがままに無給にてご奉仕つかまつらねばならぬとは。安子様は胸のざわつきを抑える事がおできになりませんでした。


 嗚呼ああ、そう言えば太郎は? お庭にてお友達と仲良く過ごしておいでだろうか? しかしこのお役決めが終わるまで、愛しき太郎に会う事は叶わない。


「まさか、これは人質ではないか?」


 ひととき、物騒なお言葉が安子様の胸をよぎりましたが、そんなはずはない、この泰平たいへいの世、しかも大の大人達が集まる寺子屋の大広間で、そのような人の道にそむ仕儀しぎがありえるだろうか。まさかそんなはずはあるまい、安子様はそう御心をお打ち消しになるのでした。

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