第16話 平塚宿襲撃
翌暁、浅右衛門らは保土ヶ谷の大仙寺を出て、さらに西に進んだ。
戸波甚太郎がだらだらと歩く破落戸どもを一喝する。
「急げ。急がぬと斬る!」
この恫喝に、たちまち一行の足は早まり、戸塚宿、藤沢宿をバタバタと通り過ぎた。
相模川を渡ったところで、陽が傾いた。川風がやけに冷たい。昨夜からの強い風が未だ収まらないのだ。
浅右衛門が甚太郎に告げる。
「皆に飯を与えよ」
浅右衛門が騎乗する馬の背には、大仙寺が用意してくれた握り飯の
河原で強い風に吹かれながら、甚太郎が指図する。
「飯を喰いながらよく聞け。今宵丑三つ時になれば、この先の平塚宿本陣、及び脇本陣に同時に火を放ち、相手の寝込みを襲うのじゃ。火の手が上がれば、われらとともに突っ込み、そのほうらは千両箱を奪え。邪魔立てするものは、すべて斬れ。敵の一行は武士百五十名余。当然ながら、向こうも必死で刃向かってくる。遠慮は要らぬ。皆殺しにせよ。よいか」
「へえ」
はじめて目的地が分かった破落戸どもが一斉にうなずいた。
いよいよ一攫千金の大仕事がはじまるのだ。どの顔にもならず者特有の獣じみた禍々しい気色が浮かび上がった。
浅右衛門が狙う相手は、羽柴秀康ただ一人。その他の供侍の木っ端は、手練れの弟子や欲得ずくの破落戸どもに任せればよい。
しかも、平塚宿はその先の小田原宿、大磯宿と比べて規模が小さく、襲いやすい。放火しても被害が最小限で済む。襲撃にはお誂え向きの宿場町なのだ。
――今宵、相手方は箱根越えの疲れで、眠りこけておるであろう。
浅右衛門は不敵に唇を歪め、首尾を確信した。
秀康が所蔵する童子切安綱、いかなる太刀か。
おのれの生死も、まして世事にも一切関心なく、日々の気鬱を晴らすには酒しかないという浅右衛門であったが、天下の名刀たる童子切安綱だけは別物であった。
その目で直に隅々まで心ゆくまで鑑賞し、刀身を舌で舐めて、存分に
浅右衛門の胸中に、瞬時、玉菊の空虚な翳りのある笑みがよぎった。
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