第二話 酸鼻の地獄絵
万一の刃こぼれの責任を問われ、検視役は狼狽した。そのあわてふためいた顔に、浅右衛門がさらに追い打ちをかける。
「ご返答や、いかに」
「まっ、待たれよ。しばし、そのままお待ちあれ」
検視役は床几に座す上使、目付の顔色をうかがいつつ、ひそひそと善後策を諮った。
ややあって、検視役がおもむろに声を張り上げた。
「紀州さま御太刀の禊の件、ご存意のままにされて然るべし」
その声に、浅右衛門がゆったりと首肯し、再び刀身を弟子の前に晒した。柄杓で清めの水がかけられる。刀身を伝って水が流れ、切っ先から零れ落ちる水滴が陽に燦ときらめく。
浅右衛門の身分は浪人である。旗本でも御家人でもない。
表向きには「将軍家御試御用役」として、罪人を斬って将軍家、大名などの刀剣の切れ味を試す役儀を仰せつかってはいるが、幕府の役人でもない。木っ端役人にへつらう必要はないのだ。
浅右衛門は再度、上使、目付、検視役らに一揖し、
「いざ!」
と、太刀を振りあげた。
その瞬間、段々に重ねられた生き胴三体の筋肉が、死の恐怖でのたうつかに見えた。しかも、いちばん下の罪人の猿ぐつわがはずれて、「ひえぇぇぇーっ」と、断末魔の叫びを上げるではないか。
刹那、浅右衛門の太刀が一閃した。
三人の首が血飛沫とともに同時に吹っ飛んだ。三筋の血がビシャと音を立てて首の切り口から噴出し、赫い澪を曳いたかと思うや、さらなる刃が三つ胴をズバッと寸断した。
瞬後、鮮血とともに、罪人の断ち切られた腹部からドロリと内臓が漏れ出た。まさに酸鼻をきわめる地獄絵であった。
あまりのおぞましさに、検視役が目をそむけながらも、なんとか短い声を絞り出した。
「お、お見事である」
浅右衛門は改めて弟子に禊の水をかけさせ、太刀を改めさせた。
無論、刃こぼれひとつとしてない。
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