首切り山田浅右衛門の憂鬱

海石榴

第一話 三つ胴試し斬り

 土壇場の上に、罪人三人の生き胴が重ねられていた。

 その日は、春とは名ばかりの寒い日であった。鈍色の雲間から時折、陽が射す。風

が強い。ここは、千住宿近くの小塚原刑場である。骨ヶ原ともいう。

 検視の役人が声を張り上げた。

「御試御用、山田浅右衛門どの、出られませい」

 名を呼ばれた浅右衛門が、幔幕のうしろから弟子とともに現れた。


 浅右衛門と弟子の二名は、いずれも袴の股立ちをとった襷掛け姿だ。

 目の前には、全裸で重ね置かれた生き胴がある。

 浅右衛門は、感情を押し殺した眼で、それを一瞥した。


  これから生きた罪人、みっつの首を斬り、返す刀で三つ胴を寸断するのである。通常の剣技ではひとつの胴を断ち切るだけでも至難であった。首切り役、試し斬り役として修錬を積んだ浅右衛門しかでき得ぬ神技といえよう。


 猿ぐつわをはめられ、みっつに束ねられた罪人らが、「ううっ」と絶望にうめき、尿を垂れ流している。裸の尻の肉が恐怖で痙攣して、ぴくぴくと蠢く。いちばん下の男は、これから我が身にふりかかる事態を前に半狂乱になったのか、尻から糞を漏らしている。


 浅右衛門は紀伊徳川家から預かった太刀を両の手で捧げ持ち、上使、目付役らに深々と一礼したあと、やおら太刀を抜き、刀身を弟子の眼前に差し出した。

 弟子が桶の水を柄杓で汲み、その刀身を水で清めようとしたとき――。

 検視役人が「待った!」と声をかけた。


「浅右衛門どの。太刀の禊は、武士の介錯時だけのもの。罪人に対しては、清めの水は前例がござらぬ。よって、お控えあれ」

 浅右衛門は検視役をじろりとめつけた。武士を含む数多の罪人の首を斬ってきた者だけが持つ凄惨な目つきであった。


 このとき浅右衛門、かすかに唇を歪めていわく、

「畏れながら、今日の御試御用の太刀は、紀州大納言さまからお預かりした稀代の名刀。その太刀に禊をするは、罪人の血で刀身を穢れなきするため。また、これにて滑りをよくすれば、一刀両断疑いなし。然るに、此度のご検視役の異議、ご不審に候。万一、禊をせず、紀州大納言さまのご佩刀に刃こぼれひとつでも生じれば、責任を取られるおつもりか」


 小塚原に一陣の風が吹いた。

 その瞬間、罪人三人が垂れ流す糞尿が匂った。

 浅右衛門は、いかにも狷介そうな顔つきで、上使、目付、検視役ら役人を睨めまわし、抜き身の太刀を携えたまま返答を待った。

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