ふたり目 宮居

 北嶋? 北嶋キタジマユズル? ……ああ。思い出した。なんとなく覚えてる、顔も。


 北嶋が俺の舎弟? なにそれ、噂? そんなはずないだろ、くだらないこと言うなよ。ヤクザじゃあるまいし……。学生やってる時になんか知らんけどあいつがベタベタ擦り寄ってきて、頼んでもないのに昼飯とか煙草買ってきたりするから、便利だし、適当に使ってただけ。


 ──北嶋が、借りたものを返さない? ふーん……そんなこともあったっけか。別に庇うわけじゃないけど、あいつ、雑なんだよな。性格だけじゃなくてすべてが。生き方とか。だから誰に何を借りたかとかすぐ忘れる。そもそも「これは借り物であって自分のものじゃない」ってことから忘れる。ヤベえよな。そんな感じだから人に「貸してるアレを返してくれ」って言われても、その「アレ」がなんなのか思い出せなくて、あんまりしつこく言われると嫌になるとか言ってたな。それで、俺が──あ、分かった。だから舎弟とか思われてたのか。ハハ、全然だよ。だいたい北嶋はUMAで俺は一応自主映画のサークル入ってたから、活動時間とか内容とかも違うし。それに留年してる北嶋と俺じゃ学年も違うだろ。四六時中一緒にいるわけじゃなし、たまに飲みに出かけたり宅飲みしたり……その程度の関係。


 俺ぇ? 俺かぁ。あいつに何か貸したことあったかな……ああ、あるわ。前にサークルで撮った映画の台本。俺音響担当だったんだけど、撮影が終わった映画の台本ってだいたいすぐ捨てちゃうんだよね。現場が終了したら読み返すこともないし。学生の自主映画の台本に将来的にプレミアが付くとも思えないからさ。それで、北嶋がうちに遊びに来た時に捨てる用で纏めた台本の束を玄関に出してたら急に「その台本、貸してほしい」って言われて──うん、他の連中と同様、返却はされてない。捨てる予定だったから俺は気にしてないけど、……そういやあいつの結婚式、台本のまんまだったなぁ。そ、結婚式のシーンがある映画だったんだよ。つまんねえ台本だったから、アレを真似して結婚式挙げるなんて趣味悪いなって思ったっけ。嫁さんどう思ってたんだろうな。式? うん、行った。招待状も来たし、ご祝儀も渡した。

 食事は美味かったけど引き出物はショボかったな……タオルだったっけ。確かそれも、貸した台本の通りだった。あとはカタログギフトを貰ったけど、なんか面倒臭くて使わないで捨てたわ。


 今? 北嶋にはもう会ってないよ。嫁さんのことも良く知らねえ。

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