第十一話 エルマリーヌの輝き〜その一〜

 アルモリカ王国の首都、ガリアにあるリアヌ城の敷地内には、神聖な土地として崇められ王族のものしか入れない領域がある。いわゆる王族専用のプライベートビーチのようなものだ。そこはエルマリーヌ青い宝石と言われている。

 

 青い空、白い砂浜、青い海、青々とした木々……。

 長い年月をかけて波や風雨の侵食によって生み出された美しい入り江だ。


 緩やかなカーブを描くその入り江には、穏やかな波が打ち寄せ、美しい珊瑚礁が広がっている――エルマリーヌの海は、アルモリカ王国全土で見られる海の中でも抜群の透明度を誇る美しさなのだ。群青色からうすい水色まで鮮やかなグラデーションがきらきらと美しく輝いており、カラフルな魚達やウミガメが泳いでいるのが見えるのだ。当然、潮の香りは一切ない。


 その真っ白い砂浜を一人、歩いている少女の姿があった。艷やかな黒髪を頭の高いところで結い上げ、ヘーゼル色の瞳を持つ娘だ。いつも来ているドレスではなく、装飾のない上着と動きやすそうなスラックススタイルである。毎日欠かさず行っている鍛錬の後だろうか。肌にはうっすらと汗をにじませている。


「……リアヌ城にこんな場所があったのか……静かでとっても綺麗だなぁ……」


 特別かつ神聖な場所であるため、王族しか立ち入れないと聞いている。婚約者止まりである自分が入っても大丈夫なのだろうかとふと思ったが、駄目ならまず向かうようにとは言われないだろう。彼女は深く考えず、まあ良いかと割り切って歩いていた。


 その時近くでぱしゃりと水音が聞こえ、大きな水しぶきが上がった。

 それは美しい曲線を描いており、太陽の光を受け、きらきらと輝いている。

 すると、水面から一人の人魚が姿を現した。


 筋肉による隆起が見えている肩や背中や胸に、こぼれ落ちる小麦色の髪はゆるやかなウェーブを描いている。

 目鼻立ちの整った白皙の端正な顔立ちに、

 パライバトルマリンを思わせる双眸が輝きを放っていた。

 腰から下がターコイズ・ブルーに輝く鱗と尾ひれ。

 両腕の前腕にびっしりと巻き付いたような鱗。

 そのひれは端が透き通っており、ぱたぱたと動く度に陽の光を反射して、きらきらと輝いている。

 気高く美しい彼こそはこの城の主であり、レイアのパートナーであるアリオン王子である。


(やっぱり、いつ見ても人魚のアリオンは宝石のように綺麗だなぁ……こんなに美しい彼が自分の伴侶だなんて、いまだに信じられないよ……)


 彼にすっかり見惚れて動きを止めていたレイアがはたと気が付くと、彼女に気が付いたアリオンがゆっくりと視線を向けてきていた。彼は、他の者には決して見せない優しい笑顔を浮かべている。


「あんた、やっぱりここにいたんだね」

「やあ。レイア、急にどうした? ここに来るなんて。何かあったのか?」

「いや。マリエラからあんたが今日はきっとここにいるだろうと聞いたから、来てみたんだ」

「……ひょっとして、僕に会いに来てくれたのか?」

「ええっと……」


 急に振られた話題にどう答えて良いのやら分からなくなった彼女は、返答に詰まる。ただでさえ人間時も美しい彼が人魚になると、美しさも色気も三倍増しになる。そんな魅力的な彼を目の前にすると、どうも調子が狂って仕方がない。彼女は言葉に出来ないまま首を縦に小さく振った。それに対してアリオンは二重の切れ長の瞳をゆっくりと細めた。


「……そうか。それならとても嬉しいよ」

「私、ここの領域に入って大丈夫だったかなと、正直不安だったんだ。中に入れないんじゃないかと思っていたけど、案外簡単に入れちゃって、逆に驚いたよ」

「ああ、そう言えば君にはまだ話していなかったね。ここはシアーズ家の者だけに許されている場所だ。でも君は僕の伴侶だから大丈夫。気にしなくて良いよ」


 それに……と彼は言葉を続けた。


「君の体内には僕の水晶があるから、ここの領域自体が認識・・してくれたのだろうね。だから僕が傍にいなくても、ここに来れたんだと思う」


 アリオンからそう言われると、合点がいく。ヘーゼルの瞳を一瞬大きく見開いた彼女はぱちぱちと瞳をまたたかせた。


「久し振りだなぁ。あんたが泳いでいるのを見るの」

「……そう言えば、そうだな。たまには泳ぐのも、悪くない。気が紛れてさっぱりするからね。ここは静かに考えごとをしたい時や、一人になりたい時に向いている」

「……私、ひょっとして邪魔……だったかな?」

「いや。君なら良いよ。実はそろそろ君に会いに行こうと思っていたんだ。でも君が来てくれたから、ここをすぐに出る必要性もなくなったよ」

 

 ばしゃりと音を立てて水面から上がったアリオンは大きな岩の上へと優雅に腰掛けると、濡れた鱗が光を帯びて燦然と輝いていた。相変わらず、人魚姿の彼は得も言われぬほど美しい。


「ねぇアリオン。実はちょっと気になることがあるんだ」

「どうした?」

「あんたは人魚だけど、私は人間。私、将来あんたの子供を産めるのかなと思ってね。体力だけは自信あるけど……」


 彼女なりにかなり気にしているようだ。

 無理もない。

 アリオンはシアーズ家最後の生き残りの人魚だ。長命種族とは言っても、跡継ぎを増やさねば王家が断絶してしまう。そんな彼の伴侶となるレイアにとって彼の子供を産むのは、紛れもなく重大な責務と言える。


 王子はそんな彼女を慈しむように見つめている。薄い唇を開いてゆっくりと話し始めた。


「……遠い先祖だが、シアーズ家には人間の親戚が何人かいると聞いたことがある。絶対に人魚でなければ婚姻を結べない訳では無いし、人魚と人間の間でも子供は生まれるから心配無用だ。だが人魚は生命力が人間より大きいから、生まれる子供達は全員人魚だけどね」

「……そうなんだ。それなら安心したよ。人間と人魚どちらにもなれる子孫だなんて、想像しただけでもすごいや」


 アリオンは右手を前へと伸ばし、傍に立っているレイアの後ろ髪を指に絡めた。そしてそれにそっと口付ける。

 

「僕は自分の后は君しか考えてないし、君との間しか子供を作る気はないから、安心して良いよ」

「アリオン……」

「きっと、君のような美しいヘーゼル色の瞳を持つ息子が生まれるかもしれないな……」

「パライバトルマリンのような瞳を持つ娘が生まれるかもしれないね。あんたそっくりの美人になりそうだ」


 レイアはアリオンの傍に腰掛けた。ふと横を見ると、王子が長いまつ毛を伏せ、白皙の顔にどこか物憂げな表情を浮かべているのに気が付いた。


「……そう言えば、君に一つ謝らねばならないことがあった」

「何?」

「あの時は君を助けることしか頭になくて、君の意志を無視してしまった……」

「一体何のことだ? 話して、お願い」

「君の体内に入れた僕の“虹色水晶”のことだ」


 カンペルロ王国のランデヴェネスト城でアエス王との戦いの最中、アリオンの身代わりになって危うく命を落としかけた彼女を彼は必死の想いで救い出した。彼女のために流した涙は七色に輝く“虹色水晶”と変化し、彼はそれを彼女の体内に入れ、自分の持つ“力”と呼応させるように発動させて、離れかけていた魂を彼女の肉体へと呼び戻したのだ。


 虹色水晶はレイアの魂と深く結び付き、それ以来彼女をずっと守り続けている。しかし、それが一体、アリオンの言う“謝るべきこと”とどう結び付くのか不明だ。

 

 小首をかしげるレイアを見つめながら、王子は静かに話し続けた。



 ※こちらのエピソードに登場する「虹色水晶」に関わる過去エピソードの詳細はこちらに記載してあります。


 本編「蒼碧の革命〜人魚の願い〜」

 第四十四話「人魚の願い」

 https://kakuyomu.jp/works/16817330647742777336/episodes/16817330652086394596  


 宜しければ参考にされて下さい。


 

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