第11章

11-01 深刻な事態

 私は、アノンさんと詩織を私の部屋へ呼んだ。

 本当は、アノンさんだけで良いのだが、同じ放射線測定チームとして、詩織も呼んだ。


 2人をソファーに案内し、飲み物を用意して、私も向かいのソファーに座った。

 まだ、何の確証も無い為、他の皆には余計な心配を与えないよう配慮した。

 だが、詩織は、いつもと違う私のようすを、感じ取ったようである。


 私はアノンさんに話し始めた。

「これは、あくまでも理論上の話しとして訊かせて下さい」

「はい」


「今回、兵器として使われたウィルスについて、教えてほしい」

 アノンさんは、少し驚いたような表情で応えた。

「……はい」


「聞きたい内容は2つあります。最初に1つめですが、あのウイルスが投下された場所に、ウイルス拡散を防ぐ目的で核が投下され、ウイルスを死滅させる。とのお話しでした」

「はい」


「今回の核爆発の規模から、およそ半径5kmを焼き尽くしたと推定しています。しかし、ウイルス拡散の広がりが速く、生き残ったウイルスが存在する可能性は無いでしょうか?」


 アノンさんは、言葉を選びながら慎重に答えた。

「ウイルスミサイル投下から、10分以内に同じポイントへ核を落とします」

 ……落とします?

 まるで仕組まれていたような言い方だ。


「秒速8m以上の風が吹いていなければ、半径5km のエリアからは出られません。仮に生き残ったウイルスがいたとしても、そもそもウイルスは単独では生きられません」


 ……そう、ウイルスは人や動物の細胞内でしか生きられない。

 ウイルスに感染した人は、咳やくしゃみなどによって、ウイルスを体外に出し、そのウイルスが、他の人の体内に入り込む事で感染し、広がっていく。

 しかし、体外に出されたウイルスは、生きていられる時間が短い。

 その間に、別の体内に入り込む事が出来なければ、そのウイルスは死んでしまう。


 私は質問した。

「あのウイルスは、体外で生きていられる時間は、どのくらいでしょう」

「5日……長くて7日です」


 ……つまり、ヒトの体内へ7日以内に入り込めなければ死んでしまう。


 アノンさんが、話しを続けた。

「それともう1つあります。あのウイルスは強い毒性を持っています。感染した人は数日で死んでしまう。しかし、死んだ人は咳等しませんから、ウイルスを巻き散らす事はありません。よって他の人への感染が防がれます。毒性の強いウイルスほど広がりにくいのです。仮に生き延びたウイルスがいたとしても、この状況下では拡散せず、収束するでしょう」


「なるほど、了解しました」


 詩織は、ただ黙ってきいている。


 私は話しを続けた。

「では、2つめの質問をさせて下さい」

「……はい」


「あのウイルスは、ヒト以外の動物に感染する可能性はありませんか……例えば鳥とか」


 アノンさんは少し険しい表情で答えた。

「それはありえません。あのウイルスの遺伝子情報からは、ヒトにしかうつりません。仮に、もし渡り鳥などにうつれば、その潜伏期間内で広範囲に広がってしまうでしょう。しかし、あのウイルスにとっては、ヒト以外が宿主になれる事は、ありえません」


「ありがとう、わかりました」


 アノンさんは、私に訊いた。

「なにか、あるのですか?」


「実は、モニターシステムのスレーブユニットを地上に設置する為、地上に出た時の話しなのですが」

「はい」

「真っ青な空が広がっていました。……でもその空に、鳥が飛んでいない」

「いや、単にたまたま飛んでいなかっただけでは?」


「はい。ただその後気になって、モニターシステムのカメラからの映像で、鳥や動物を探したのですが、今のところ、確認出来ません」


「それは……AMさんはウイルスによって、動物等が死滅したのではとお考えですか」

「単に、可能性の1つとして」


「いえ、それは、ありえません! あのウイルスは、ヒト以外が宿主になれる事は、ありえません! また、これほどの短時間で変異したとは、考えられません」

「……はい。わかりました」


 そして、この話しは終わり、解散した。

 まあ、アノンさんは専門家だから、私のような素人が勝手な想像を語るのは、混乱を招くだけだ。


 そんな事を考え、入浴を済ませてベッドに入ろうとした時、部屋のチャイムが鳴った。


 こんな時間に誰だろうと思いながら部屋の扉を開けると、そこに立っていたのはアノンさんだった。


 アノンさんは部屋に入り、扉を閉めた。


 そして、深刻な表情で私に言った。

「ヒト以外にも感染する可能性、あります」

「……えっ?」


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 次回:これからの事

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