06-03 矛と盾
私は、詩織を見た。
詩織は、ゆっくりと1回、まばたきをした。
肯定のサインだ。
娘の詩織から見ても、このビデオメールは、先生からのものに間違いないようだ。
……余剰次元物理学?
たしかに電磁波は、余剰次元との間を行き来しているとの仮説を聞いた事がある。
しかし先生は、娘に何という物理学を教えてきたんだ。
先生は、矛に対する盾と言われた。
現在核兵器は抑止力として、世界の軍事バランスが保たれている。
この電磁パルス砲が完成すれば、世界の軍事バランスは根底から崩れる。
急激な変化は、大きな戦争を引き起こしてしまう。
だが、核兵器廃絶の流れは、どこかでつくらなければならない。
核に怯える世界を終わらせる為。
311さんが話し始めた。
「このビデオメールは、あるチャンネルを通してアリーナへ送られてきたものです。浅野博士のパソコンから、2つ研究論文と、隠されていた3番目の論文をサルベージしたのですが、3番目の論文は、我々の知る物理学を超えたもので、十分な理解が出来ていない状況です。そこで最初の試作機として1番目と2番目の論文を組み合わせた電磁パルス砲を造り、実験したのですが、結果としては、出力を上げていくと電磁波レンズが耐えられない為、核ミサイルを撃ち落とすだけの出力まで上げる事は出来ません」
「はい。私と詩織の計算でも、その結論に至りました」
「しかし、3番目の論文によると、電磁波レンズを使わずに指向性を持たせる事が可能となります」
「……それでは、制限無く出力を上げる事が出来る?」
「近々、某国からミサイルが発射されるとの情報が入っています。某国の目的は、自分達の持つ力を世界に知らしめる為です。よって、核は搭載されていないとの情報ですが、発射されるミサイルは通常の高度100kmの軌道ではなく、高度5000kmのロフテッド軌道との事です」
「ロフテッド軌道……それを地上から撃ち落とす?」
「はい。それも、落下時ではなく、上昇時に」
「……それは、何故ですか」
「核を乗せていないデモであれば、落下時でも良いのですが、実際の核弾頭ミサイルであれば、核爆発は抑えられても破壊されたミサイルの断片が地上に落ちて来ます。そこでは放射性物質が広範囲にまき散らされ、その地域は汚染されてしまいます。よって、相手国の上空、または、海上で撃ち落とさなければなりません。つまり、上昇時のなるべく早い段階で撃ち落とさなければならないのです」
「……」
「そこで、教授の余剰次元物理学を学んだ詩織さんに、3番目の論文の理解をお願いしたい。現在の電磁パルス砲に3番目の論文を組み込む事が出来れば、核ミサイルを撃ち落とす事が可能と考えています」
私は詩織を見た。
詩織は、まばたきを2回した。
……これは、否定のサインだ。
ことろが、詩織はこの論文の理解を引き受ける返事をした。
「わかりました。しかしこの論文、800ページもあります。父の余剰次元物理学を学んだ私でも、全て理解するのに相当な時間を要します」
311さんは、詩織に訊いた。
「ざっくりと、どのくらい掛かるとの感触でしょう」
「約1年……早くても半年は掛かると思います」
「……そうですよね」
311さんはうなずいた。
やはり科学分野の人なら、それが簡単ではない事、理解出来る。
しかし、政治分野の人は、それでは済まない。
112さんが、険しい表情で言った。
「なんとか、某国のミサイルを撃ち落とさなければ、これからも核ミサイルが絶対兵器として君臨してしまう」
詩織は、この論文の理解に否定のサインを私に送りながら、この論文の理解を引き受けた。
何かあるのだろう。
私は提案した。
「核兵器廃絶の流れを作る計画、私も詩織も協力したい考えです。そこで提案ですが、詩織にはこの論文の理解に専念させてもらいたい。ロフテッド軌道のミサイルを上昇時に撃ち落とす電磁パルス砲は、私が実現させましょう」
112さんと311さんは驚いた表情で、互いに顔を見合わせた。
私の提案が、あまりにも想定外であったからだろう。
311さんは訊いた。
「AMさんは、そのようなテクノロジーを、お持ちなのですか?」
私は答えた。
「はい。これでも私は浅野先生の弟子ですから」
「……」
「ただし、電磁パルス砲の改造は、私に指揮を取らせて下さい」
311さんは応えた。
「……ええ、そのテクノロジーを、私が理解出来れば、私の持つ権限を全て貴方に預け、私は貴方の指揮のもとで動きます」
私は答えた。
「了解しました。では、説明します」
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次回:(第6章 最終話)起動
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