02-06 花火大会

 7月も終わりに入った。

 詩織の中学も、今日から夏休みとの事。

 そして今日は近くで花火大会が予定されている。


 詩織に話したら一緒に行きたいといってくれた。

 そこで、16時に駅で待ち合わせる事にした。


 私はいつもの恰好で来たのだが、詩織はなんと浴衣を着て来た。

 深い紺色の浴衣 。

 何の柄も入っていない。

 この、地味な浴衣を若い娘が着ると逆に目を引く。


 ……やばい。

 詩織は、まだ中学2年生だが、浴衣を着て後ろ髪を上げると……やはり詩織の破壊力は侮れない。

 ……だが、胸はまだない。


 詩織と手を繋いで、お祭りの屋台通りを歩いていく。

 すれ違う男どもが振り返る。

 彼女連れの男も振り返る。

 なんだろう、偉くなったような気がするから不思議だ。


 焼きそばやお好み焼きの匂いが食欲をそそる。

 しかし、口のまわりにソースが付いてしまうのは、いただけない。


 暫く歩くと、ぶどう飴が目に止まった。

 ぶどうの粒を3つほど串に刺して、飴で固めたもの。

 リンゴ飴をぶどうで作ったものだ。


 これならば、リンゴ飴と違って口の周りがベタベタにならない。

 また、串の持つところに紙が巻かれている。

 私はそれを2本買い、一本を詩織にあげた。


 二人でぶどう飴を食べながら屋台通りを歩いた。

「私、初めて見ました、ぶどう飴」

「ああ、私も食べるのは初めてだ」

「パリパリした飴に包まれて、おいしいですね」


 詩織は上機嫌。

 ああ、やっぱり詩織は……いぃなぁ。


 そして私たちは、花火が見える場所に移動した。

 丁度、花火を打ち上げる時間となった。


 『ヒュー』といった音の後に、大きな花火が夜空に開いた。

 そして、『ドォーン』といった音が、後から伝わってくる。


 この花火大会に来ている男性の多くは、彼女連れである。

 その中で、高校生か大学生か、で来て、大騒ぎしているグループがいる。

 花火を打ち上げる『ヒュー』といった音とともに、彼らは叫んでいる。

ぜろ、ストロンちうむぅ!」

 『ドーン』と花火が開くと、「うおー」と歓声を上げている。


 ……実に恥しい。

 何が悲しくて大はしゃぎしているのか。

 彼らを見ていると、つい、叫びたくなります。

 ……やぁめろー! なつかしいじゃないかぁー!


 すると、詩織が私に言った。

「今のは、ストロンチウムではなくて、リチウムですよね」

「……しおりさん?」


 まあ、人それぞれ、何に着目するかは自由だ。

 しかし、せっかくの花火大会に来て、金属の炎色反応に目を向けるというのは、いかがなものでしょう。

 私は詩織に対して、頭で見るだけでなく、心で見る事も、出来るようになって欲しいと思った。

 

 以前、詩織と一緒に行った植物園。

 私と同じものを見ながら、実はまったく別のものを見ていたのではないだろうか。

 頭で考えるだけでなく、心で考える事も……。


 やがて花火大会は終わり、周りは闇に包まれた。

 足元に気を付けながら詩織の手を取って明るい商店街へ向かった。


 歩きながら、私は詩織に問題を出した。

「雪が溶けたら、何になるでしょう?」


 詩織は不思議そうな顔をして答えた。

「水……じゃないのですか?」


 私は答えた。

「春でしょう」

「……」


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 次回:(第3章1話)拉致

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