第3章
03-01 拉致
その日の帰宅途中、私のアパートの近くで黒服の男を数人見かけた。
何かを警戒しているような……。
そして、私のアパートの前で、黒服の2人の男が無理やり詩織を黒塗りの車に乗せようとしている。
私は鞄を落として咄嗟に走った。
詩織が誘拐される!
必死になって男を掴み、叫んだ。
「何すんだ!」
しかし、相手は武道家のような男達である。
腕力の無い私は腕を背中で捻じられ、地面に押さえつけられた。
「おやめなさい!」
詩織が声をあげた。
そして詩織は上着の内ポケットからノック式のボールペンを取り出し、ボールペンのボタンに親指を当てて言った。
「このボタンを押せば研究データは失われます!」
男たちは止まった。
続けて詩織は、男達に向かって言った。
「このペンの中にメモリーカードが入っています! ボタンを押せば中のカードは割れて、データは失われます!」
男たちと詩織の間で緊張が走った。
詩織は男達に険しい目を向けている。
するともう一台、近くに停められていた黒塗りの車から、1人の女性が降りて、私たちに向かって歩いてきた。
上品な感じの女性だ。
女性は、穏やかな表情で黒服の男に言った。
「手荒な事はしないよう、伝えました」
「申し訳ございません」
そしてその女性は、私と詩織に向かって言った。
「驚かせてしまいました。浅野詩織さん。里中令さん。私どもは、あなたがたを保護する為に来ました」
私は返した。
「保護?……この扱いは拉致でしょう!」
「申し訳ございません」
そしてその女性は詩織に向かって言った。
「どうか、わたくし共に、ご同行下さい」
……どうする。
相手の正体が解らない。
しかし、ここで暴れても、詩織を助けて逃げられそうにない。
……考えろ。
この状況に於いて、私と詩織が持つ力は、詩織が握っているメモリーカードのみ。
詩織が応えた。
「わかりました。私1人が同行しますので、令さんを離して下さい」
「詩織!」
とっさに叫んだ。
しかしその女性は言った。
「それは出来ません。あなたがたは事の重大さを、すでに理解されているはずです」
……やはりこの件、大きな組織が既に動いている。
その女性は、話しを続けた。
「あなた方は危険な組織に狙われています。どうか私どもを信じてご同行下さい」
……たしかに、その可能性はある。
しかし、この女性の言ってる事を信じて良いのか?
無言の時間が続いた。
やがて詩織は、その女性に向けて言った。
「わかりました。ただし! 令さんに危害を加える事は絶対に許しません! その時は、このボタンを押してデータを破壊します!」
女性が穏やかに応えた。
「わかりました。そのお約束をお守りします」
そして私を地面に押さえつけていた男は、私から離れた。
詩織は私に駆け寄り、抱き付いた。
ノック式ボールペンにカードを仕込み、ボタンを押すとカードが割れる。
よく、そのような準備をしていたものだ。
詩織は、そのボールペンを握りしめ、ボタンから親指を離さない。
詩織の指が震えていた。
そのボールペン……?
いつも勉強する時に使っている只のボールペンだ。
という事は、ボタンを押せばデータは失われると言った話はブラフ?
私は大きく息を吐いた。
……なんという
・・・・・・
黒服の男が私と詩織の前に来て言った。
「お二人のスマホを預からせて頂きます」
私と詩織は顔を見合わせた。
警察に、または知人に連絡されては困るから?
まあ、ここまでの事をしている彼らだ、当然と言えば当然であろう。
それに対して、それを拒む事が出来るか?
……まあ、無理だろう。
詩織は男に従い、スマホを渡した。
私も逆らわずにスマホを渡した。
私と詩織は黒塗りの車の後部座席に座らされた。
そして黒服の1人は運転席に座り、もう1人は助手席に座った。
私と詩織を乗せた車は出発した。
暫く走ると、目の前に大きなトレーラーが止まっていた。
そのトレーラーの後ろの扉が開いた。
……まさか、この車を乗せるのか?
前部座席に座っていた2人は車から降りて、私と詩織が乗っている車のタイヤをテールリフトに固定している。
そしてトレーラーの後部で操作を始めた。
私と詩織の乗った車はテールリフトによって持ち上げられ、トレーラーの中へ入っていく。
トレーラーの後部扉が閉じられた。
そして、私と詩織を車に乗せたまま、トレーラーは走り出した。
「何故こんな手の込んだ事を……」
私の呟きに詩織が応えた。
「連れて行く場所を知られたくないのでは……」
このトレーラーの中、たしかに外が見えない為、今何処を走っているか解らない。
しかしそれなら、後部座席をカーテンで囲うなり、簡単な方法はいくらでもあるように思える。
色々考えた中で、1つの可能性が浮かんだ。
高速道路のインターチェンジ等に設置されているNシステム(車両番号読取装置)。
この黒塗りの車の車両番号を照合されたくない?
とすると、この組織、反政府側の組織?
トレーラーは、3時間ほど走り、目的地に着いたようだ。
トレーラーの後部扉が開いた。
車はテールリフトに乗ったままトレーラーから降ろされた。
そして、私と詩織は車から降りた。
ようやく外の景色を見る事が出来た。
……ここは、どこだ?
広い庭園のようだ。
その一角に、大きな建物が建っている。
建物を含めた庭園を、鉄格子が囲んでいる。
その外側は霧が立ち込めている。
このあたりは、森林地帯のようだ。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
次回:保護による拘束
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます