閑話 勇者一行と放浪鍛冶師★

「ガヴァル! ガヴァル! 大丈夫か!? 何度も治癒魔法唱えてるのに血が止まらない!」

「とにかくここから一刻も早く離れるんだ! 魔王が怯んだ今しか撤退のチャンスはない! おっさんしっかりしろ!」

「あぁ、何てこと……だ……口惜しい」

「グッ……前が……見えない……」


 この日、勇者率いる最強と謳われたパーティである真理の者達は魔王との戦いに破れ、命からがら逃げ延び近くにある宿屋までの道を負傷した剣聖ガヴァルを二人で背負いながら、引きずる様にして山を下っていた。


「どうして……どうしてこんな事に……」

「泣き言言う暇があるなら一歩でも足を前に出すんだ! 俺達どちらかが欠けたらそれこそこの世の終わりだぞ!」

「わかってる……わかってる」


 勇者ソルージェン、彼は類まれなる剣の才能を持ち、誰からも好かれ、王族の血を引いており、その黄金に輝く精神を反映したかの様な金の髪を持つ男である。

 円環の魔女テルピニス、彼女は魔女の超巨大ギルドであるマジック・オブ・ザ・ガーデンの元締めの娘であり、彼女自身も親の才能を色濃く受け継いたまさに魔の権化たる存在であった。

 剣聖ガヴァル、彼は剣を持たせれば全てを斬り伏せる。神の如き剣さばきは美しさすら覚え、敵は斬られた自覚を覚える事なく絶命させるほどの技量の持ち主であり、薬学や草学にも秀でており培われた剣の腕と知識はパーティの中でも抜きん出る逸材であった。


 そんな押しも押されもせぬ3人は呆気なく惨敗したのだ。魔王の肌は勇者の剣を弾き、円環の魔女の魔法は斯程かほども効かず、剣聖ガヴァルに至っては家族を惨殺され自身も瀕死の重傷を負った。

 家族を惨殺された恨みでガヴァルは我を忘れ、1人魔王に突貫し手痛い返り討ちにあったのだ。


 そんな絶望的な状況を何故逃げ帰る事が出来たのか。

 勇者は見たガヴァルの顔から血が吹き出ようかというその時まばゆい虹色の光を放つ物体を。その光を受けた瞬間、躰の痛みが引き魔王がたじろいだのだ。長年の勇者として彼はその隙を逃す様な男ではなかった。彼は顔面が陥没状態のガヴァルを抱えると、即時撤退を選択したのだった。


 もう喋る元気もない2人は黙って山のふもとにある宿屋へただそれだけを考えていた。

 件の宿屋は特殊な結界により魔族には視認できないというガヴァルから聞いていたからだ。


 そうしてなんとか最後の力をふり絞り宿屋の扉を開けたソルージェンとテルピニスはほぼ同時に気絶した。


 全身の節々の痛みで勇者は覚醒する。

 天井は魔晄の淡いオレンジ色に輝く光が目に入り、即座に上体を起こす。


「く……躰が……」

「ソルージェン起きたか。貴様3日も眠ったままだったのだぞ」

「3日!? ガヴァルはどうした!?」

「大丈夫、私も魔力が回復したから治癒魔法で傷は塞がった。今は眠ってる。それよりお腹に何か入れたほうがいい。丁度スープがあるから飲め」


 白いとろりとしたシチューが入った皿と銀のスプーンを手渡すとソルージェンは堪らずかき込んだ。


「美味い……これテルピニスが?」

「そんな訳なかろう。私が魔法以外からっきしなのわかっておるだろうに」

「じゃあ宿屋の主人が――」

「鍛冶師だ」

「何?」

「隣に泊まっとる鍛冶師が作ってくれたのだよ。我々の為にな」


 その言葉を聞いてソルージェンは我が耳を疑った。今しがた食べたシチューは今まで食べたどんな豪勢な料理よりも美味であったからだ。


「鍛冶師……がこれを?」

「今まで色々な物を見てきたが……な」


 どこか遠い目をするテルピニスを見てソルージェンはその鍛冶師に俄然興味がふつふつと湧き出てくる。


「隣室だな?」

「あぁ、お前も会うがいい」


 シチューを食べて躰が温まった影響か気づくと節々の痛みは嘘のように消え去っていた。


 居ても立っても居られず彼は部屋から出て、隣室の扉の前に立った。右手で2回扉をノックすると『ハーイどうぞー』という高めの声が聞こえた為、驚くがそこは勇者堂々と扉を開け室内へ入る。


「な、何だこれは……」


 隣室は自分達が寝ていた室内よりも遥かに巨大な空間であった。

 横たわるのは倒すのに2ヶ月かけたダークネスブレイズドラゴン。それが1頭ならず2頭も空間におかれているのだ。


「すいません! ちょっと待ってもらっていいですか? あとちょっとで火袋が取れそうなんです!」


 入口に近い個体の腹の中から人の声が聞こえる。

 自分は遂にストレスで頭がおかしくなっただろうか? 彼はそう思った。

 それ程の異常な光景を目の当たりにしているからだ。


 やがて声の主がドラゴンの鼻の穴から出てきた。

 プラチナブロンドの長い髪をした絶世の美女であった。


 常人であれば一瞬で灰に帰すと言われるドラゴンの火袋を小脇に抱え、ニコニコ笑顔で勇者を迎える。


「いやーどうもはじめまして! しがない放浪鍛冶師のレイスです!」


 差し出された右手はドラゴンの血と鼻水と体液でぐしょ濡れであった。


「ハッすいません! 今綺麗に――」


 現れた鍛冶師を名乗る女性は左手の親指と小指を曲げて立てた3本の指を上から下に空を切ると躰中に付いた汚れはまたたく間に消え去る。


「改めまして放浪鍛冶師のレイスです! はじめまして! 勇者さん」

「えっあっはっどうも」


 勇者が手を出す前にレイスは手を掴みブンブンと振った。


「しかしこんな宿屋があるなんてびっくりですよねー。素材ボロ儲け! 半年位ここに籠城してますけどもーひっきりなしに上等なモンスターがいっぱい出てきてくれて最高のホットスポットです〜」

「は……半年!? 貴女だけでここに!?」

「はい、そうですけど?」


 これは夢だ。我々は死ぬ刹那見れるという夢を見ているに違いない。


 ここら一帯は通称絶望への道と呼ばれる魔境であった。空気は薄く瘴気が辺り一面に漂い、そこらを我が物顔で跋扈ばっこするモンスターは異常な程強い。それを嫌という程身に沁みてわかっている勇者は、目の前にいる女性の言う言葉が信じられず彼は現実逃避した。


 夢……そうだ、どうせ夢ならせめて最後に魔王を倒して終わりにしよう。この人に武器を作ってもらおう。そして全てを終わりにしよう。彼はそう思うことにした。


「レイスさん!」

「はい、なんでしょうか?」

「今私達は魔王に挑み、惨敗してしまいました」

「あー何かいるっぽいですねぇ。魔王、嫌ですよね〜あういうのは〜。まぁやっこさんがいるから僕達も必要とされてはいるんですけど」

「折り入って頼みがあります! 我々専用の武器を作って頂けませんか!? お金は私の手持ち全財産でどうでしょうか!?」

「いいですよ。丁度さっき顔が酷い事になってた人に義眼2つと錫杖作ってあげたので、そのついででよろしければ」

「本当ですか!? よろしくお願い致します!」


 かくして放浪の鍛冶師レイスが作成した武器を用い魔王の封印に成功した勇者一行。しかし彼らのその後や魔王封印に1人の鍛冶師が関係していた事を知るものはいない。

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