閑話 ニーニャ訝しむ★

 この日ニーニャは自分の家へと戻っていた。近く開催される剣魔夏季特別試合への準備の為、武器を持たない所謂いわゆる裏方に属する彼女にも仕事が宛てがわれる。参加者の武器、防具の修繕や雑用等を必ずしなくてはならないである。


「ハァーだるい。なんで学業なんて物があるのかしら。とっとと卒業して一端いっぱしの鍛冶師になりたいわ。それにどうせあのブロードソードに勝てる学生なんていやしないんだから」


 一応の必須アイテムを持つと、指を十字に切る。すると、何もない空間から半透明に白い箱の様な物が出現。その箱に両手に持った一茶合切いっさいがっさいを放り込む。

 全ての荷物が入るとボックスはその場から掻き消えた。


「フフフフフフ……レイスから教えて貰った空間拡張魔法。学生の中でもこの超特級魔法が使えるのは私だけ……」


 今の彼女は得も言われぬ高揚感と愉悦に包まれていた。

 レイスの店で行動を共にする中で、様々な技術や魔法をニーニャは彼女から教わっていた。


 彼女はベッドに腰をおろし、目を閉じ腕を組む。


「うーん」


 彼女の中で昔から頭の中にある大きな、とても大きな疑問が膨れ上がる。


 レイスとは一体何者なのか。

 彼女の店には年端も行かぬ子供がたまに来るだけで殆ど人が来ない。それなのに一歩彼女と外を出歩くと、皆彼女の方へ笑顔を向ける。

 彼女とのデートの帰り、市場へ寄ったニーニャは驚愕の光景を目にした。お金を払おうとすると、皆『いいから持っていけよ。金なんて貰えねぇよ』と言いながら代物をタダで渡してくるのだ。それが1度ならず2度、3度、4度、5度その後もずっとそれが続き結局一切のオカネを払わず手に入れてしまい、彼女が気づいた時にはレイスと自身の両手には沢山の果物や野菜、鉱石なんかを抱え込むようにして持っていた。


 レイスは「いやーいつもここ通ると皆さんいっぱいくれるんですよ。参ってしまいますね。お金払おうとすると拒否されるんですよー」とあっけらかんとしていた。


 ニーニャは思考する。父の名を出してこれが可能だろうか? 父の名は世界中で間違いなく最も有名な人物であろう。しかし父の名は出した所で絶対にあの時の様になる事は決してないだろうと結論づけた。


 ニーニャはおもむろに目を開けた。


「レイスを見る皆の目、あれは羨望の眼差しってやつ?」


 レイスに対する感情は彼女自身が最もよくわかっている。だからこそ、頭の中の疑問は消えない。

 美人で明朗快活めいりょうかいかつ

 しかし住民に対する人気と店の閑古鳥の鳴きっぷりは異常な程に反比例している。これには何か意味があるのではないかと彼女はそう思わずにはいられないのだった。


「あれだけ人気なら、繁盛していないとおかしい。レイスの売ってる物には相性があるから場合によっては門前払いしなくてはいけないから?」


 自身の首にかかった赤い宝石を見て、彼女は1つの答えを導き出す。


「もう既に持っているから? この王国の住民の殆どがレイスからアイテムを手に入れている。そういう事?」

『ね〜レイスおねーちゃんの所かえらないの〜?』

「ガネーシャ起きたの。今から出発するわ」


 部屋から出てしばらく道なりに歩き、大きな扉を出ると工房へ出る。


 工房ではドワーフ大勢の達が働いている。

 ニーニャは工房を突っ切り、そのまま店の前までやってきた。店は相変わらずの繁盛しておりひっきりなしに人が武器や防具を求めてやってくる。


 店に群がっているのは若い剣士や魔術師ばかりだった。


 店の客層確認するなど、これまでの彼女にはなかった発想だった。


「大人の購入層が極端に少ないのか、うちの店って」

「珍しいですね愚昧。貴女が店の前でボケッとしてるなんて」


 彼女の隣に兄であるウィルアが近づいてきた。


「紅茶バカ兄貴か」

「この繁盛ぶり素晴らしくありませんか」

「滑稽ね、まるでハエみたい」

「お客様に対しその物言いは関心しませんね。貴女も少しは接客マナーというものを学んだら如何です?」

「必要ないわ。私が目指すのは鍛冶師であって、商人じゃないもの。今日は荷物をちょっと取りに帰っただけ。もう行くわ」

「そうですか。道中気をつけなさい」

「母親かあんたは」

「兄です。私は紅茶を飲みに喫茶に戻ります」

「あっそ」


 兄と別れ、長い階段を降りていると前から黒尽くめの男性が近づいてきた。父親のジルバだ。


「お父さん!」

「ニーニャ、レイス殿とはどうだ? 迷惑はかけてないだろうね?」

「かけてない! ちゃんと真摯に毎日鍛冶師として研鑽を積んるわ!」

「そうか、お前は母親と似て勝ち気な所があるからな。頑張りなさい」

「あの、お父さん」

「ん? なんだね?」

「いえ、何でも。剣魔夏季特別試合での鍛冶師としての仕事頑張るわ」

「精一杯やりなさい」

「じゃ、行くわ」

「うむ」


 ニーニャはジルバと別れ、そのまま歩いてレイスの店まで戻った。

 外はすっかり夜になっていた。


「ハァ、遠い……」


 ドアを開けると相変わらずレイスは椅子に座りくるくると回転していた。


「あ、ニーニャさんお帰りなさい!」

「ただいま」

「もう夜ですね! 市場の皆さんから頂いた食材でナポリタンスパゲティ作ったので一緒に食べましょう」

「ほんと!? あのオレンジのツルツルした好きー! 早く食べましょ!」


 ニーニャとレイスは2階に行き、向かい合って座った。


 ニーニャは決断していた。今ここで聞こう。きっとレイスなら応えてくれるはず。そう確信めいた自信があった。


 彼女はナポリタンに舌鼓を打ち、お腹がいっぱいになった頃恐る恐る口を開いた。


「レイス、1つ質問いいかしら」

「質問? ハイなんでしょうか?」

「貴女、隠し事してない?」


 ニーニャとレイスの間で静寂が訪れ、レイスが一瞬瞬きしたかと思うと、今まで見たことのない表情をした。


「ありますよ……。この世で誰にも言ってない僕の秘密。ニーニャさんだけにお教えしましょう。でも、他言無用ですよ」


 レイスは人差し指を口元にやり、それを見てニーニャは生唾を飲み込んだ。


「僕……」

「な、何よ……なんなの!?」

「実は僕は元々は男性だったんです!!」


 レイスの声がニーニャの脳内で何度もこだまする。ニーニャは自身の頭が真っ白になりかけたが必死にたえた。そして無意識的に口を開いた。


「ええええええええええええええ!??!?」


 あまりにも予想外な所からキラーパスが放たれ、彼女の頭の中の疑問は遂に臨界点を迎え破裂した。


「ニーニャさん!? ニーニャさん大丈夫ですか!? だから言いたくなかったんです!! ニーニャさん!!」


 ニーニャはそのまま机に突っ伏した。深呼吸して精神を統一させレイスに向き直った。


「あのねぇ」

「はい?」

「私がレイスが元男性だとわかった所で対応変える様な女だと思う? 元男だろうがなんだろうがどうでもいいわ! ちょっと待って、だから一緒にお風呂入ろうって提案した時死ぬほど拒否ってきたのね。レイスが入ってる間に無理やり入ったけど。寧ろ少し合点がいったわよ! あー頭痛くなってきた」

「いやーあの時のダイナミックエントリーには参りました」

「全く」

「いやー変な事言ってすいません」

「色々悩んでたのが全部吹っ飛んじゃったじゃないの! はぁ、もう寝るわ。お休み」

「アッハイ、お休みなさい」

「そういえば近々勇者養成学校でイベントがあるから一緒に行きましょう。いい? 絶対よ?」

「わかりました。変な事言ったお詫びにお店お休みしてお付き合い致します」


 ニーニャはふらふらと奥の部屋にあるベッドへダイブした。


 レイスは腕を組み物思いにふけった。


「んーお風呂に関してもっと突っ込まれると思ったけど意外とそうでもない? でも、ニーニャさんには知っておいて欲しかったし、段階を踏んでバラすべきでしたねぇ。しかし流石ジルバさんの娘。僕が彼女の立場だったらどうかなぁ。――明日朝イチで謝ろう。しかし剣魔夏季特別試合かぁ。季節的にはもう秋なんだなぁ。焼き芋でもするかなぁ」


 レイスは机に置かれた皿とフォークを洗ってから自身もベッドに向かう。

 既にベッドに入ったニーニャはこの夜心臓の音がいつもの3倍近く大きく聞こえ、中々寝つくことが出来なかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る