閑話 ルベル怒る
うだる様な暑さの中……今私は兵舎にある途方もなく長いグラウンドの周りを周回させられている。それもただ走らされているのではない。通気性最悪の甲冑を身に着けさせられた状態での周回だ。
超ド級のインドア派である私にはどれだけキツい事か。
躰中から水分が抜け落ち、足に溜まった汗のせいで機動力が低下しこの無限地獄に拍車が掛かる。
あぁ……もう駄目だ……。意識が遠のく……。――地面が迫り上がって。
暗闇だ。あぁまたか。また
「――うおあ!」
「おはようございます。ルベル王子」
異常に冷やされた冷水を浴びせられ、私の意識は強制的に覚醒させられる。
蒼い光のウィルオウィスプを従えた私とほぼ同じ甲冑を身につける女性が私を見据えている。
私の兜を外し、肩に浮いている光の球体から冷水が顔に容赦なく浴びせられる。
次に彼女は自分の兜を外し他とは一線を成す、バイザーに金の塗装が成されたそれを地面へ落とした。
ベリーショートの黒髪に褐色肌。三白眼の小さな黒目が私を睨みつける。
いや……違う。睨みつけているのではない。三白眼のあまりに小さな黒目の為にどうしても睨まれているかの様な錯覚に陥るのだ。
彼女の名はノイネ。恐らくだが姉の
「ルベル王子、今ので通算27回目の失神となります」
「す……すいません。不甲斐ないです」
「……1つ聞いてもよろしいでしょうか?」
「ハイ、なんなりと」
「何故そのお世辞にも良いと言えない運動神経でここに来たのですか?」
「……」
「申し訳ございません。私、歯に衣着せぬ言い方しかできぬ性分でして」
「い……いえ……いいんですよ。運動オンチなのは自覚しているので……」
尻目で私の目を見る彼女の表情はまるで獲物を狙う狼の様だ。
「実はですね……」
私は事の顛末を彼女に話した。
彼女の目がゆっくりと見開かれ、眉間にシワを寄せながら私の方に向き直った。
「何故最初に申して下さらなかったのですか? では貴方はこの6日間いたずらに時を過ごしていた事になります」
「いえ……言う雰囲気というかタイミングがなくて……すいません」
「来てください」
彼女は私の手を引っ張り、どこかへ連れて行こうとしている様だ。
「どこに行くんですか!?」
「勿論、エンプレスの所です! 基礎体力の強化等やっていても無駄です! 直訴致しましょう!」
「直訴って! あの状態の姉上が話を聞いてくれるんですか!?」
「わかりません! わかりませんが、ここでこうしていても無意味です! 怒られるのは私なんですよ!?」
そう言って彼女と共に姉がいる訓練場へやってきた。
見えるは30人程の兵士と1人の悪魔の様な甲冑を着けた人物が互いを殴る蹴るの応酬だった。
まさに苛烈という他ないだろう。
あれは訓練なのか!? なぶり殺しあっている様にしか見えない……。
「すぅ~、失礼致します!! 騎士団第34大隊近衛長ノイネ・クラウン! エンプレスに進言がありやって参りました!」
今まで殴り合っていた者達が一瞬で動きを止め、姉以外の兵士達が一列に瞬時に並んだ。
姉は首を左右に捻り骨の音を鳴らし、一呼吸置いてから声を出した。
「こちらに来なさい」
「ハッ!」
「うわっ!」
思いっきり腕を引っ張られ姉上の前まで踊り出る。
「――何か問題でも?」
「ハッ! ルベル王子が言うには明日、剣魔特別試合なる催しがあり今回の事は兵士になる為の訓練ではなく、全ては我らの相違によるものでした!」
「そう、そんな間違いがあったの……。最初にメニューを考案したのは誰かしら」
「そ、それはリベール福隊長殿かと苦言致します!」
「リベールここへ」
「ハッ!」
後ろで大声が聞こえたかと思うと全力疾走で私の隣へ彼がやってきて跪く。
「どういうことかしら? 私言ったわよね? 愛弟に一人付けなさいって。何故貴方がメニューを設定したの?」
「ハッ! 全ては私の独断専行が招いた種であります!」
「リベール立ちなさい」
「ハッ!」
彼が立ち上がろうとした瞬間、姉は右脚を振り上げ福隊長にかかと落としを見舞った。
およそ聞いたことのない鈍い音と共に彼はその場に突っ伏した。
「なっ!? 死んだらどうするんですか!?」
「この程度で死ぬ位ならこの国の兵士は務まらないわ」
「もう我慢できない! いい加減にしろ! 民をなんだと思っているんだ!」
「民ではなく兵士よ! 兵士は国に命を捧げるのが本懐! それができないのならば野垂れ死にする他なし!」
私は無意識に耳に付けたイヤリングを外し、顕現した蒼い電流を纏った薙刀の刃を彼女の喉元スレスレの所まで持っていく。
後ろで全兵士が立ち上がる音を耳にした瞬間、彼女が右手を上げ音が一斉に止む。
「――私とやり合うつもりなの? 血を分けた
「貴女は……元から頭が狂っていると思っていたが、最低限の分別を持つ人物であると思っていました。これは許容できません! 私は貴女に決闘を申し込む!」
「ここで? 私と」
「無論です!」
「そう――。良いわ」
彼女の躰がぐらりとよろけたかと思うと、私の横をすり抜けてグラウンドへと向かっていった。
「さ、ルベルこっちへ」
「わかっています!」
私は武器を携えたまま、彼女のあとについて決戦場へと向かった。
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