閑話 ニーニャの思い出★

「フフフフ……アーハハハハ!」


 レイスが居なくなった店内で、ニーニャの笑い声が響き渡る。

 カウンターからガラスのショーケースところまで行き、人の手を型取った置物にはめられた金の指輪に手をのばす。


「すご~い! どうやったらこんなにも光沢が出せるのかしら〜!」


 徐に自分の指にはめ、ひとしきり狂喜乱舞した彼女は指輪を元の位置に戻し、ある一点を見つめ大きくため息を付いた。


「あ~あ、あの剣この店を知ってからずっと狙ってたのに……」


 彼女は武器の掲げられていたであろう壁を見つめ、とある事を思い出していた。


 ◆◆◆


 それは5年前に遡る……。


 当時の彼女はまさに絶好調。青天井の真っ只中といった様相を呈していた。


 父は大陸に名を轟かせる高名な鍛冶師。自分の姓が付いた巨大な店にはいつも客が絶えず訪れる。

 母は物心がつく頃には既に逝去しており、父と兄の2人と3人暮らしだったが別段寂しいとは思うことはなかった。1歩自室から出れば職人の皆といつも目を合わせていたからだ。彼女は幼少の頃から職人達や父が打つ武具を見て育った。どちらかと言えば放置気味だったが、それでよかった。何より窯に向かう父の姿が好きだったからだ。周りの人間は戦士や魔術師を目指す中、彼女が鍛冶師を目指す様になったのは至極当然と言えただろう。


 当時の彼女は溢れ出る謎の自信から、幾度も店の工房の窯を占領しゴミを量産する毎日が続いていた。そしてその日も工房にある窯を使って自分のオリジナルレシピを試そうとしていたところ、頭のドワーフに追い出されてしまったのである。


 抗議する彼女を頑として聞き入れず、仕方なく店を出て、気分がてら散歩をする事にしたのである。

 既に魔王は封印され魔物の生息地もこの王都の近隣にはないと父から聞いていた為、王都を出ない限りは自由に歩くことを許されていた。


「せっかくだし、いつもとは違う場所に行ってみるのも面白いかな」


 男勝りで好奇心の塊な性格の彼女は、いつもとは逆の道を歩きだした。


 貴族街を抜け、中流区画を抜け、気づいたときには歩いているのは自分1人だけになっていた。


 異常に寂れた区画。活気のかの字も感じ取れないそこにそれは建っていた。

 こじんまりした一軒家。入口の上にレイスの武具工房と書かれ、立て看板等がなかった為スルーする寸前だった。


『こんな所に何故武器屋が?』


 怪訝に思いながらも己の好奇心に勝つことが出来ず、ドアを開け中へ入った。


 狭い店内に掛けられた武器や盾、今自分が囲まれている全ての品物がただの武具ではないと彼女は感覚で理解できた。中でも気になったのが一振りの剣だ。威厳のある雰囲気を感じずにはいられない。


 きっと父と同じく高名な鍛冶師に違いない。そう思いカウンターの方を見ると、プラチナブロンドの髪をなびかせながらクルクル回転する謎の物体Xを目の当たりにしてしまう。


「今日も暇だな〜。どうせお客さんなんて来ないし〜。今日はいつもより多めに回っていま〜す」


 彼女は思った。『ヤバい。何か知らないけど意味のわからない物体が喋りながらクルクル回転してる。いつもより多めに回ってるとか発言してる。やっぱり中流区画辺りで引き返すんだった』


 そう後悔の念を抱いた時、回転を続けていた物体が動きを止めニーニャを見つめる。


 現れたのは絶世の美女だった。まだ幼い彼女にはそれ以外に表現しようがなかった。


「え……えっとあの」

「お客さんですか!? すいません! あまりに暇だったもので! いやーしかし気づきませんでした。今のは気にしないでくださいね。癖みたいなものなので。ところで何をお探しでしょう?」


 ヤバい人だと思ったけど、店を任されている人だろうか? 所謂いわゆる店番というやつだろうとニーニャは自己完結することにした。


「お客という訳では……できれば店主と話をしたいんだけど」

「あーそれなら僕がそうです」

「貴女が? 職人は?」

「それも僕です」

「じゃあ貴女がレイス!?」


 ニーニャには信じられなかった。それこそ武器1つ作るにかかる労力がどれほどのものか見てきたからだ。とても目の前にいる女性1人で作っているとは思えなかった。パッと見ても全ての武具に宝飾が施され、輝く武具は艶やかさすら感じるほどだった。


「う、嘘よ! 絶対嘘! ほんとは奥にレイスって名の職人がいるんでしょ」

「いえ、ここには僕とお客さんの2人しかいませんよ」

「じゃあ貴女の後ろにある扉を開けて頂戴!」

「構いませんよ?」


 彼女が後ろに向き直りドアを開ける。そこには小さめの窯と作業台があるだけだった。


「ね? そもそもこんな小さなお店じゃドワーフさんでも5人も入ればすし詰め状態になってしまいます。あっ寿司というのはですね、僕の故郷の――」

「そんな話どうでもいいわ! あの剣を見たいんだけど!」


 ニーニャは気になっていた剣を指差した。


「壁に掛けられた剣ですか? うーん……ちょっと待って下さい」


 レイスは壁に掛けられた剣を取り、ニーニャの前に持ってくると鞘を少しだけ抜き白い刀身を見せた。


「綺麗……」

「あぁ、やっぱり」

「これ幾ら位になるの? そういえばどの武具にも値段が書かれてないのね」

「お値段に関してはできる限り努力させて頂いています」

「そう、じゃあこの剣買うわ」

「大変申し訳ございません。それはできかねます」

「な、なんでよ!」

「カクカクシカジカ、色々ありまして……。あ、剣よりもネックレスや指輪等いかがでしょう? とってもお似合いになるかと思います」

「いらないわ! そうか、わかったわ! 私がジルバ・ハーケネンの娘と知って試しているのね!」

「え、ジルバさんの娘さん?」


 レイスが呆気にとられていると、ニーニャは店の出入り口まで走りドアを力強く開けた。


「私の名はニーニャ・ハーケネン! えっと……店のドアに鈴でも付けておくことね! 貴女には負けないわ! よく覚えておきなさい!」

「あっハイ……肝に銘じておきます」


 この日、ニーニャの目標とする鍛冶師がジルバの他にもう1人増えたのだった。


 ◆◆◆


 懐かしい思い出に浸っていると、鈴の音と共にドアが開き、軽装の女性が入店してきた。


 ブラウンの髪をポニーテールにし、大剣を背中に担いでいるようだ。へそ出しの服を着ており、見事に割れた腹筋が露わになっている。外も涼しくなってきたというのにホットパンツの様な短めズボンを履いている。ももの筋肉も非常に発達している。少し格好は変だが、十中八九戦士だろうとニーニャはそう決めつけた。


「いらっしゃい」

「――君は? 主人、レイス女史はいないのか」

「レイスなら勇者養成学校ヘ行ったわ。入れ違いよ」

「そうか、残念だ。まぁ少しだけ滞在する予定だし、また来るとしよう。あのデコボココンビの様子見がてら相棒が話したがってたから、寄っただけだ。では失礼する」


 そういってアンバランスな格好の女性は足早に店を出た。


「なに今のひやかし? 感じ悪いわね。何か買っていきなさいよ。全く」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る