閑話 教官ルベル、名指しの呼び出しを受ける

 休日の今日、早朝伝令を伝える鳩が私の元へとやってきた。

 内容は校長オーナーから名指しの指名。『内密の話あり。早急に来られたし』という内容。問題はオーナー直筆で書かれていた事。無下にする訳にはいかず、こうして廊下を歩いている訳だが、私の足取りはまるで重力魔法の魔法陣の中に入っているかのように重く、そしてダルい。


 あの件か。やはり好奇心というのは恐ろしい。慎重な自分でもミスを犯してしまう。


「おはようございます! ルベル教官!」

「おはよう」


 紺色のローブをした魔術師の女子生徒が爽快な足取りで僕の前を横切っていく。


 羨ましい。私もあんな風に歩けたらどんなに良いだろう。


『ルベル、最近いつもこう……』

「そりゃあそうですよ。誰もいなくなった広場で一人武器の特性を解き明かそうと日夜、勉学に励んでいます。貴方の武器に内包された【演武反射えんぶはんしゃ】のおかげで躰の節々が悲鳴を上げているんです。でも、やめるわけにはいきません。僕は絶対にこの武器に隠された謎を解明してみせます! インドア派の意地にかけて!」

『ルベル……』

「何ですかゼウス?」

『偉いさんのドア……過ぎてる』


 しまった、つい熱くなってしまった。重い脚で後ろを向き、一見古びて見えるくすんだ茶色のドアの前まで歩いていき、取っ手に手をかけ空いた方の手で軽くノックする。


「入ってきてくれたまえ」

「失礼します」


 ドアを開け中にはいると、机に足を乗せ、パイプから煙を吹く紫のボサボサヘアーで眼鏡をかけた魔女の帽子を被った女性とその隣で奇妙な模様が入った紫ローブを羽織る病的なまでに白い肌をした女性が目に入った。


「おぉよく来たな! まぁ突っ立ってないで座ってくれたまえ」

「アッハイ……」

「ど、どうぞ」


 いつの間にか先程オーナーの隣にいた女性が僕の後ろへと移動しており、椅子を置いて立っていた。


 い、いつ移動したんだ!? さっきまで目の前にいたのに!?


「おい、アル! 客人が驚いているじゃないか」

「す、すいません、つい癖で! 怖がらないでください!」

「い、良いんです。ちょっと驚いただけですから」

「フゥ~……さて、今日はわざわざ呼び出したりして済まないと思っている。君にどうして聞きたい事があるのだ」

「なんとなくですが承知しております。私が広場でやっている実験・・の事ですよね」


 そう言うと彼女は目を見開き、口と鼻から白い煙を吹き出しながら声をあげて笑った。


「ハハハハ!! いや済まない! 評判通りの男なんだなと思ってつい!」

「わ、悪いですよ、そんな人の事笑っちゃ! ひえぇすいません! 怒らないでください! 悪気はないんですぅぅ! 私のマスターは人格破綻者なんですぅぅ!」

「なんだと! 人聞きの悪い事を言うな!」


 ローブの女性が跪きヘコヘコと頭を僕に下げる。


「誰にでもビクビクしよって! お前は本の中に戻れ!」


 オーナーが脚の引っ込め、下敷きになっていた本が紫の光を放つと私の前で頭を下げていた女性の姿がかき消えた。


「女性が消えた!?」

「うんうん、実にわかりやすい。とっても良い反応だ」

「貴女は一体……」

「さっきは笑って悪かった。若かった頃の私と全く同じ事を言ったのでついね。同志として謝らせてほしい」

「同志? ま、まさかオーナーはあの彼女の武器を?」

「あぁ! 作ってもらったぞ! 大昔にな! さっきビクビクして鬱陶しかったのが、この魔導書ネクロノミコンに宿るアル・アジフだ」


 先程の女性が本に宿る精霊、もしくは神だと言うのか!? いや、しかし明らかな相違点がある!


「彼女はどう見ても実態がありました! レイスさんが作った武器に何かが宿るのは知っています! これは一体……」

「フゥ~……まぁ落ち着きたまえ。教官ルベル、今日は折り入って頼みが有って君を呼んだのだよ」

「頼み……ですか?」

「どうして私のアルが実体を持っているか知りたいかね?」

「無論です! 是非!」

「では、私の頼みを聞いてくれたら教えようじゃないか」

「頼みですか……わかりました! 何をすればよろしいのでしょう?」

「そうこなくては、この学園に例の御大の武器を持つ者は私と君以外にも存在しているのは知っているね?」


 不敵な笑みを浮かべる彼女の顔を見ながら、私はとある少年の事が頭をよぎった。


「ソレイユ君の事ですか」

「その通り。近々公式の剣魔夏季特別試合を開催しようと思う。で、彼は間違いなくトップに躍り出る。そこで君の出番」

「ま、まさか……」

「教官ルベル、勇者候補生ソレイユとの死合いを学園長としてここに命ずる」

「生徒との殺し合いをしろと言うのですか!?」

「嫌なのかね? 先程君はやると言っただろう。男だったら一度やると決めたら最後まで通すのが筋というもの。それにここでは私の命令には絶対に従ってもらうぞ。私を舐めるなよ? 私は年季・・が違う。本気を出せばアカシックレコードにすらアクセス可能なのだ。事象など私の前では何の意味もなさない」

「何故ですか! 一体何の目的で――」

「ソレイユという生徒が台頭したおかげで、今までの剣神派と魔光派の勢力図がひっくり返ってしまったからだよ。それは私にとって都合が悪いのだ。君か彼が死ぬことで均衡を保つ事ができるのだよ」

「く……狂ってる!」

「どうとでも言いたまえ。魔光派に繁栄あれー! ハハハー!」

「ッ!!」


 私は居ても立っても居られず、踵を返し彼女から離れ、ドアに手をかける。


「あぁ、言うのを忘れる所だった。1週間後に剣魔夏季特別試合をやるつもりだから留意しといてくれたまえ」


 私は乱暴にドアを開ける。

 一刻も早くここから立ち去りたかったからだ。

 私はすぐに学校を後にし、自室へ引きこもった。


「ルベル……どうする」

「一週間――いや、3日で次の段階へ進みます! 私の論理が正しければあともうほんの少しで進化できそうなんです!」

「技……使う……誰に?」

「1人だけ心当たりがあります。彼女に一肌脱いてもらうしかない!」


 こうして私の地獄の進化計画が幕を開けるのだった。

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