第13話 なんか普通に鍛冶するみたいです

 木製の階段を登る。


 二階にはベッドや椅子が4つあるダイニングテーブル、窓際に大きめのソファー等が備え付けられている。


「案外普通なのね」

「衣食住できればそれで充分ですからね。疲れたでしょう? ちょっと待っててくださいね」


 僕が親指と中指で音を鳴らすと部屋の一角が拡張され、真っ白なタイルで覆われたキッチンと冷蔵庫が現れた。


「えーっと……ニーニャさんは未成年ですからオレンジジュースでいいですかね」

「な……なななななな」


 狼狽える彼女を尻目に僕はコップを彼女の眼前に置くと、ガラス製の水差しを傾けジュースを注ぐ。


「レイス……」

「どうしました? まさかオレンジにアレルギーあるとか! 安心してください! この魔法の水差しは液体だったら何でも無限に生成できるんです。ピーチジュースの方がよかったですかね」

「ち、違うわよ! ――って無限に!?」

「ええ、そうなんですよ~。実は冒険者時代になんとなく作った物でしてね。この中にはヤマタノオロチさんが宿っていまして、8つの頭を持つ蛇さんなんですが、それぞれの口から色々な液体をドバーッと出してくれるんです」

「何かよくわからないけど聞きたくなかったわ。私が気になってるのはそっちじゃなくて、さっきの空間がなんというか広がって色々出てきたじゃない! 空間拡張魔法じゃないの?」

「お~よくご存知で」

「そりゃそうよ。だってその魔法、創生の女神が編み出した魔法の1つでしょ。私の人生の目標にしてる偉大な鍛冶師の1人よ! この拡張魔法すっごい再現するの難しいんだから!]


 彼女はそう言うと椅子に左足を乗せ、目に炎が灯らせる。


「どこからともなく現れ、困っている人に手を差し伸べ、元々あった生活魔法を改修、おまけに用途不明だったり意味不明だった魔法を修正し、有益な魔法に改変してそれを本にまとめてただで布教! しかも災厄と謳たモンスター達をたった一人で倒し、幾つものアーティファクト級と呼ばれた武器や防具を作り出し、勇者の聖剣まで作っちゃうんだから! 数え切れないほどの偉業を成し遂げながら、人物像は謎に包まれた謎多き人物! 布教された本に書かれたほんの一部の文献から、恐らく女性であろうと言われているわ! 付いた二つ名が創生の女神! どう凄くない!? あたし絶対に彼女を超えるような鍛冶師になってみせるわ!」


 うおおおお……お、重い……愛が重い!

 そうか、彼女は僕が昔、路銀稼ぎの為に作って売りさばいた黒歴史ノートの所有者だったのかぁ。彼女の反応を見るに僕が件の創生の女神だって事は黙っておこう。言ったら最後、今の関係が音を立てて崩れていく。そんな気がしてならない。

 しかし、いつ聞いてもやるせない気持ちになるなぁ。あの二つ名を名乗ったのは、話題作りの一環で大した意味は込められてないんだけど、やっぱり面と向かって言われると来るものがあるなぁ。

 しかもだいぶ尾ひれが付いてる。

 ただで布教した記憶はないんだけどなぁ。


 一呼吸おいて彼女はコップを煽り一気に飲み干した。


「さっぱりしててすっごく美味しい! どうしたのレイス? 机に突っ伏したりして」

「あー胸の奥が苦しい……。ニーニャさんもう勘弁してください……」


 過去の黒歴史をほじくり返され、僕は躰の力が抜け顔を机にくっつける。


「でもね、創生の女神って文献や教科書の中でしか語られてない訳じゃない。なんで忽然と姿を消してしまったのかしら? きっと今もどこかで素晴らしい人生を謳歌してるに違いないわ。一度でいいから会ってみたいな~」

「穴があったら入りたい」

「なんか言った? レイスは若い頃何やってたの? というか、いつ頃から王都に?」

「しばらく普通に冒険者やって、王都に来てすぐ店構えましたねぇ」


 この僕の言葉にニーニャさんは眉間にシワを寄せた。


「ねぇ、それおかしくない? だってこの国で商人やるってなったら、まず王に謁見して証を立てた上で認めてもらわなきゃならないのよ。それも行きずりの商人じゃなくて店を構えるとなると、かなりの努力が必要なはずよね?」

「まぁ確かに大変でしたけど、今と違って魔王の手下やら何やらが跋扈ばっこしてましたからね。それを討伐したり、武器やら防具なんかを冒険者に作って格安で譲ったりしてたら、知らないうちに名がうれちゃいまして。お店作りたいって王様に言ったらすぐにオーケー貰いまして、何やかんやあって今、こうしている訳です」

「えぇえぇぇえ!? レイスって戦えるの?!! 想像できない……」

「よく言われます。自慢じゃありませんが結構強いんですよ。正直自分で戦うより武器作ってるほうが性に合ってますけど。ジュースのおかわりいかがですか?」

「もらうわ」


 僕は水差しから流れ出たジュースをコップに注ぎ、右手でコップを持つと彼女に手渡した。


「そういえばうちの店に魔法剣を持ち込んだ奴が来たわよ。あれ、ここにあった魔法剣よね。何でも刀身が鞘からすっぽ抜けたんですって」

「あ~そうなんですか。最初は面食らいますけどすぐにまた自生されますよ」

「あれってなんなの?」

「俗に言う脱皮ですかねぇ。いや、進化って言ったほうがいいんでしょうか。僕の作った武器防具、アクセサリーは使い込んでいると新しい形状とスキルが付与されるんですよ」

「へ、へぇ店に飾れた物の中でどの程度あるわけ?」

「――そうですねぇ、まぁ全てですよ」

「ぜんぶ??!」


 絶句する彼女の顔を見る僕はあることを思い出す。


「あれ? そういえばエターナルホープを身に着けていませんね。ニーニャさんととても相性が良かったのですが」

「え、ええ。だってあの子と一緒にいるとおちおち外も歩けないもの」

「何かご不満な点でも?」

「不満……はないわ。でもね、物には限度ってものがあるわよね。あのアクセサリーを付けて歩いていたらコインを拾ったの。私は嬉しかったわ。ガネーシャもよろこんでくれたわ。次の日にね、歩いていたら何かにつまずいてコケたんだけど、足元見たら金の延べ棒が落ちていたわ。有り得なくない?」

「エターナルホープはかなり曖昧なスキルですからねぇ……。でも、とっても優しい子なので堪忍してあげて下さい。ニーニャさんの事が好きだから張り切ってるんですよ」

「まだまだいっぱいあるのよ……。さっきの話を踏まえるとあの子も進化するのよね。最終的にどうなっちゃうの?」

「無責任な事を言うようで気が引けるんですが、正直わかりません。僕のこのスキルは神懸かりと言うんですが、わからないことが多くてですね、僕自身理解できているのはほんの一部なんです」

「私どうなっちゃうの……」

「さぁ? じゃ、そろそろお仕事片付けますか。ニーニャさんはお店番を頼みます。せっかくニーニャさんが慣れないダンスをして作った防具を腐らせるのもなんなので、思い切って売りに出しちゃいましょう!」

「えっ! 良いの!」

「もちろんですよ。老若男女に売れる防具なんて素晴らしいじゃないですか! ご依頼のあった防具は改めて僕が作ったものをお渡しするつもりです」

「それが普通なんだけど」

「悲しいかな、僕の能力は普通じゃないんです。いい意味でも悪い意味でも」

「ねぇ、レイスがごく特殊な方法を用いて鍛冶を行っているのはわかったわ。セオリー通りに――つまり普通のやり方もできるのよね?」

「もちろんですよ。あ、せっかくなんで普通に作ってみせましょうか?」

「ぜひ見ておきたいわ!」

「じゃあ、休憩はこれくらいにしてっと」


 僕は空間を再び拡張させ、冷蔵庫をあけると水差しを中へとしまい、空間を閉じ立ち上がったニーニャさんと共に階段を降り、僕は窯の前に陣取った。


「よーし阿吽のお二人お願いします!」


 窯の中からハキハキとした声が聞こえてきます。


「ハーイ! レイスおねーちゃん今行く!」

「行くよー……」


 例によって例の如く阿吽のお二人は窯から這い出るようにヌッと出てきました。


「来たわね。相変わらずスケベな格好」

「スケベじゃないよ阿形だよ-!」

「……何気に着やせするタイプの吽形だよ……」

「今日は訳あって通常の形式を用いて防具を2つ作ります!」

「うん! いいよー! 頑張って応援しようね、吽形ちゃん!」

「うん、激励だね……阿形ちゃん」


 僕は幾つもある戸棚の中から紫に輝く粉末と木の枝の様な物を選び、窯の中に入れ窯から距離をとると目をつむり、窯の中に魔力を形成させ、中が魔力で埋まったことを確認。

 目を開け、息を吸い大きく叫ぶ。


「錬成!」

「頑張れ頑張れ! おねーちゃん!」

「ファイトー……オー」


 阿吽のお二人が僕のサイドに陣取りると腕を振り上げジャンプをし窯は突如として発生した炎にたちまち飲み込まれ、渦巻く炎は窯全体を橙色に染め上げたかと思うと、覆い尽くしていた炎は一瞬にして消え去り、窯が白い煙をもうもうと上げる。


「す、凄い……私とあまりにも違い過ぎる……」


 僕は出来栄えを確認するために窯の中に手を突っ込み、白地に赤い血管の様な模様が特徴のローブと黒く輝き勇ましい金色の鬼が宝飾されたブレストプレートを取り出し、台の上に乗せ最終処理のコードを施し僕は皆に方へ向き直りました。


「レイスおねーちゃんお疲れ様!」

「おつかれさまー……」

「応援ありがとうございました! おかげで今日もうまくいきましたよ」

「ううん、良いんだよー! じゃあねー!」

「バイバーイ……」


 僕とニーニャさんに手を振りながらお二人は窯の中に戻っていきました。


「どうでした? 僕の鍛冶は?」

「な、中々やるじゃない! でも、まだまだパパには遠く及ばないわね!」

「いやー流石はジルバさんのご息女手厳しい。おっとそうでした。確認作業しないと―」

「確認作業?」

「えぇ、宿った人物の確認ですよ。これも凄く大切なお仕事です」


 僕はまずローブを手に取り、語りかけます。


「はじめまして」


 ローブの隣に現れたのは平ぺったい笠を被った長い黒髪の女性で、真っ白な和服を着込んだ女性でした。

 ラメの入った青みがかったアイシャドウにタレ目の眼がこちらをジトッと見つめてきます。


『あーしはミジャクジってんだー。しくよろー。母様マジ鬼かわいいんだけどーウケる。あーと、あーしの名前呼ぶときは様つけてくれるとあげぽよ』

「ミジャクジさまですねー短い間ですがよろしくお願いします。ブレストプレートの方に宿っている方はどなたですか?」


 続いて現れたのは髑髏を左手に持ち、刀に手を掛けた黒髪の東陽人。漆黒の西洋甲冑に身を包み頭頂部は黒髪ですが毛先は血のように紅く髪を後ろでひとつ結びに縛っている男性です。手に持つ髑髏と同じ様な形をした赤いウィルオウィスプが彼の周りを旋回しているのがわかります。ミジャクジさまとは対照的に射殺す様な鋭い眼光を僕に向けてきます。


『我こそは第六天魔王ノブナガ、闇より出でし煉獄の炎から生まれし絶対の恐怖なり。女、汚れなき禁忌のとばり、森羅万象を得しは汝か』

「はい、こちらこそよろしくお願いしますノブナガさん」

「え、ちょっと待って? 私にも声聞こえたは聞こえたけど、ふたりとも何言ってんのか全ッ然わかんなかったんだけどレイスわかるの!?」

「はい、素直な良い子達でよかったです」

「勝てる気がしない」

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