閑話 ソレイユ一時帰省する
『キテ……』
暖かい。
『キロ……』
この温もりはなんだろう?
すごく懐かしい……。
『おい、ソレイユ朝だぞー』
「んー……母さん?」
『俺には性別はないけど、少なくともお前の母親にはちょっとなれねぇかな』
「んぁ……? なんらって?」
「――うぉあああああああああ!!?」
『何だ!? どうした!?』
「新手のモンスターか!? け、剣を!」
ベットの側に置いた剣を鞘から抜きモンスターに向けて構えると、
「な、なななな何だこりゃああああ!?? これ僕の剣!? 剣から火が出てるうううう!!」
『朝から元気だなぁお前』
声のした方を見ると、炎で人間の上半身を形成したかの様なモンスターから聞き覚えのある声が聞こえてくる。
「まさか……イフリートさん?」
『イェーイ! 御名答! やっとお前に俺のイケメンを拝ませてやれたぜー。いやー、お前ってば刀身がすっぽ抜けて大慌てするもんだから心配になっちゃってよぉ。なぁ……聞いてる?』
「凄い……凄い凄い!」
やっぱりレイスさんは創生の女神様なんだ! 僕は世界一幸運な男だ。末代まで自慢できるぞ。
『おい、ソレイユ』
「生まれてきて良かった……」
『燃えてる……』
「そう僕は今燃えてるよ!」
『違う! シーツやらお前が着てる寝間着が燃えてんだよ!!』
「何ってんだよイフリート。全然熱くな――うぉあああああああああ!!!」
下に目線を落とすと僕の躰とシーツが赤い炎に焼かれていた!
足で蹴っ飛ばすとシーツが宙を舞い、畳んであった予備の寝間着に燃え移った。
「どういう事これぇ! 水! 水!」
ベットから飛び起き、テーブルに置いてあったコップをベットめがけて放り投げる。
しかし炎は一切勢いを弱める事なく今尚シーツと寝間着を燃やし続けている。
「えぇ!! 何で!? あのコップには水が確かに入ってたのに!?」
『落ち着け! 剣を鞘に収めるんだ!』
「そんな事してどうすんのぉ!?」
『そうすれば火が消えるんだよ!』
「ッ!!」
僕は剣を鞘に収めると勢いよく
「ハァハァ……良かった。あ? あああああああ!!」
『今度はなんだ!?』
「僕素っ裸じゃないかあああ!!」
一切の痛みがなくパニクっていたから気づかなかった。
僕は素っ裸で炎と格闘していたのか。
「と、とりあえず服を!」
クローゼットからパンツを履き、その白い布製のシャツ、その上から紺色の学生服とズボンを履き、最後に靴を履いてクローゼットを閉める。
今一度惨状を目にする。
真っ黒に焦げたシーツと寝間着らしきもの。ベット自体はどうやら免れた様だ。
これは問題だ。大問題だ。しかし替えのシーツやパジャマは
『ソレイユ……寝間着なくなっちまったけど……どうするんだ?』
「今から実家に帰るしかない……」
準備を入念にしとかなくては。
革のプレートを着けていこう。
椅子に置かれた軽装備用のプレートアーマーを着ける。
これでイケるかな。
うん、自信を持て。あの頃とはもう違うんだ!
『そうか! そりゃあいい!』
「良くないんだよ……それが」
『ん? なんだって?』
「なんでもないよ。じゃ、早速今から行こう」
僕は自室から出て長い廊下を渡り、木製の大きな扉を開け、学校内の開かれた門をくぐりそのまま真っすぐ道を下る。
『なぁ、ソレイユの家族ってどんな感じなんだ?』
「僕の家族は母さんと父さんの3人暮らしで、母さんは元バーバリアンだったんだって。父さんは……良く知らないんだ。昔話あんまり好きじゃないみたいで、一切語ってくれない。おまけに酒飲みでいっつも酔っ払ってる。仕事も何やってるのかさっぱり。でも、この学校に入る前は良く稽古つけてくれたりもしたんだ。1度も勝てなかったんだけど今戦ったら一瞬で勝てると思う」
『へぇ、じゃあ戦士の家系ってやつか』
「中流もいいとこだけどね。事実別に家も大きくないし。あぁでも母さんはすごく優しくていい人だよ。とてもバーバリアンやってたなんて思えないくらいおしとやかなんだ。見た目は」
『へぇ〜そうなのか』
軽い世間話をしながら中堅区ヘ辿り着いた。大小様々な家が立ち並ぶ中を歩き、青い屋根の家の前で立ち止まる。
「これが僕の家だよ!」
『へぇ、なんだ結構立派じゃねぇか。見たところ木材で建てられた家じゃないっぽいな』
「あぁ、何でも石と泥を固めて作ったらしい。父さんが1日で作ったんだって」
『そりゃあいい。火事が起こりづらい感じがして良いな!』
「そ、そうだね……ハァ。あっそうだ! イフリートさんを見られるとまずい! 剣の中に戻って!」
『あぁ、問題ねーよ。共鳴起こさない限り互いの目に写らねーから。レイスの作った武器や防具同士がかち合ったりすると互いの武器に宿ってる奴らが見えたりする場合があるらしいけどな』
「そうなの?」
『あぁ、確かな……。あぁでも――』
「他に条件が?」
『持ち主が強くなって進化すればするほど他人にも視認出来るようになるって昔、聞いたような聞かなかったような……。あとレイスの武器を技量の高い者同士が共鳴するとすげー事が起こるらしい』
「凄いこと……一体どうなるんだろう?」
『さぁなぁ。まぁどっちにしろ今の俺達には関係ない話だって』
「そっか。でも、一応戻っといてよ」
『そうか? お前がそう言うなら』
イフリートさんが大きな火の玉になり、その場から綺麗に消え去ったのを見届けた僕はドアを開け、懐かしい家の匂いが僕を迎えた。
「ただいまー! 誰かいる?」
「ハーイ、どなた……ソレイユ!!」
エプロンをした母さんが僕に抱きついてきた。
「母さんただいま……」
「あぁ、私のソレイユちゃん! 夢じゃないのね! 嬉しいわ! 大丈夫? 苛められたりしてない? もし苛められたら母さんに言うのよ? 自前のオーガアックスでいじめっ子の頭をかち割ってあげますからね!」
「母さん苦しいよ」
「やだ、ごめんなさいね。会えたことが嬉しくて」
短めの黒髪をなびかせ、目に涙を溜めてる。白のエプロンがとっても似合う母さん。相変わらず発言が物騒なところも変わってないや。
「ねぇ、父さんは?」
「いるわよ。庭で木に
「あぁ実はシーツと寝間着が燃えちゃって――」
「え、なに苛め? 今すぐ呼んできなさい。母さんがアックスで一刀両断してあげるわ」
「母さん、苛めから離れて。そんなんじゃないから。むしろ順風満帆って感じだから。あと僕からもいい加減離れてくれたら嬉しい」
「あら、そうなの? 焦って損しちゃったわ。朝ごはんは?」
「そういえばまだ食べてないや」
そう言うと母さんは僕を離し、キッチンヘ直行する。
「ソレイユちゃんの為に腕によりをかけて朝ごはん作るわ! お父さん呼んできてくれる? 庭にいるから、お願いね」
「あぁ……うん。わかったよ母さん」
玄関から、キッチンを突っ切りリビングに出て、リビングの済にあるドアを開けると庭に出た。そびえ立つ大きな木の元で酒瓶片手に眠りこけている男こそ、僕の父だ。
白髪交じりの紫の髪を風に揺らしながら眠りこけている。
隙だらけだ。
今ならヘルズフレイムを使うまでもない。
落ちている長めの木の棒を手に取り、頭めがけて一気に振り下ろす。
「くらえ! 酒飲み親――ウゲッ!」
頭に当たる瞬間、父さんの右足が振り上げた両手の手首辺りに置かれ、プレートアーマーをしているにも関わらず、腹に鈍痛と衝撃が同時にやってきたと思った刹那、躰は宙を浮き左の足で蹴っ飛ばされていた。
「ゲホゲホッ!!」
「なんだよ、うっせぇなぁ。人が気持ちよく日向ぼっこしてたってのに……おやぁ? ナンカ見覚えのある幻影が膝ついてるぞぉ?」
「ぐ……クッソ……」
「なんだ、帰ってたのか。ヒック! 帰ってたんなら挨拶くらいしねぇか! そんあ風に育てた覚えはねぇぞぉ!」
フラフラと千鳥足で立ち上がり、こちらへ近づいてくる。
「いつまで痛がってんだぁ。ヒック! お前な戦場だったらとっくに死んでるぞぉ! わかってんのかぁ?」
よし、躰が動く。立ち上がって距離を取らなきゃ……。
「お前……中々いい剣持ってるじゃねぇかぁ? どっから盗んできたのか? ちょっと見せてみろ」
「触るな! これは僕だけの剣だ!」
親父が屈み、ゆっくりと剣を引き抜く。
まずい! この庭が火事になったら! 父さんと母さんが焼け死んでしまう!
「や、やめ、やめろおおおお!」
剣が抜かれ、父さんがまじまじと剣を見つめる。
「ほーんこりゃあ……柄は中々のもんだが、刀身は全然だな。返すぜ、ヒック!」
剣を目の前に放り投げられ、僕は柄を握りしめる。
『ソレイユ大丈夫か!? こいつ……』
「良いんだ! イフリートさん……戻って……」
『しかしよ……』
「いいから……」
僕は剣を父さんに向け、鞘に戻した。
「ふん、たかが蹴り一発でもんどり打つ程度じゃまだまだ未熟だな。もっと修行しろ。なんの為に高い授業料払ってると思ってんだ。児戯なら外でガキと一緒にひのきの棒突っつきあって遊んでな」
「……ッ」
こんな狭い場所じゃなかったら、ヘルズフレイムを使えたかもしれない。好き勝手言わせとけばいいさ。そのうち吠え面かかせてやる。
「あんた達こんなところで何やってんの? 私の声聞こえた? 飯だって言ってんの?」
後ろを振り向くと鬼の様な顔、いや鬼そのものが顕現していた。
「ソレイユちゃん? ちょっとそこどいてくれるかしら? 座って待っててくれる?」
「アッハイ」
僕はドアを開け、リビングにある椅子に腰掛ける。
「朝っぱらから酒ばっか飲んで、挙げ句私のソレイユちゃんを何いじめてんだー!」
ドアからほぼ垂直に彼の躰がすっ飛んで、リビングに設置された棚に頭から突っ込んだ。
凄まじい轟音と共に棚に突き刺さった父さんはピクリとも動かない。
母さんがリビングに戻り椅子に座った。
「さ、ソレイユちゃん! いっぱいあるから好きなだけ食べてね」
「ハイ、お母様。謹んでいただきたいと思います」
「
そう言うと静止していた父さんが頭を穴から抜き、椅子に座った。ガラスやら木の破片やらフォークがガッツリ頭に突き刺さり、額から赤い血がドクドクと流れ出たままパンを食べ始めた。
「いやぁ母さんの料理は世界一だよ。そうは思わないかソレイユ? ハハハハ」
「う、うん。すごく美味しいよ」
「嬉しいわソレイユちゃん。おい酔っぱらい、自分で流れ出た血ぃ拭けよ」
「ハハハハハ」
そうして朝食が終わったが、正直味は覚えていない。父さんは笑いながら汚れの後片づけをした後、どこかへでかけてしまった。頭の治療にでも行ったのだろう。母さんはシーツと替えの寝間着や下着を袋に詰めて手渡してくれた。
「じゃあ、母さん寮に戻るよ。朝ごはんありがとう」
「良いのよ。お勉強に修行頑張ってね」
「うん、じゃ!」
家を出て来た道を戻り、寮の自分の部屋に戻ると、机の上に封筒が置いてあった。
「何の封筒だろう?」
封筒には赤いシーリングスタンプがされており、描かれた紋章はこの学校のものだった。封蝋を解き、中に書かれた内容を読むとどうやら夏の終わり頃に剣魔夏季特別試合を開くという知らせが書かれていた。
「剣魔夏季特別試合かぁ! 楽しみだなぁ! 強くなった僕をお披露目するこれ以上ない最高の舞台じゃないか! ね、イフリートさん!」
『お? おぉ、そうだな! いっちょかましてやろうぜ!』
「どうしたの? なんか考え事?」
『んな訳ないだろ? 俺がそんなタイプに見えるか? ほら、広場に出て訓練しようぜ訓練!』
「そうだね! よーしやるぞー!」
僕はヘルズフレイムを携えて、広場に向かうのだった。
◆◆◆
ソレイユがもんどりを打っていたあの時、うっかり出ちまったが、ソレイユの親父さんは放り投げた剣でも、ソレイユでもなく、俺を見ていた。間違いなくほんの一瞬だが、俺を捉えた眼は酔っぱらいではなく、しっかりとした意志を持った歴戦の勇士の眼だった。これを彼に言うべきか? いや、言うまい。俺はソレイユを守るという姉御の意志を守る。それがあの方に作られた俺の忠義。存在意義なのだから。
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