第10話 なんかお客さんがいっぱい来たみたいです

 セントラルから戻って僕の目に飛び込んで来た光景。それは今までにない長蛇の列でした。


 うっわぁ〜。とんでもない事になってる。

 僕が店に近づくと何人かの人達と目があいました。


「レイス! 俺達の救いの女神!」

「え、あんな綺麗な人がお店の主人なの!?」

「可愛い〜!」


 す、凄い……これが宣伝の底力!

 たじろぐ訳にはいかない。僕は職人だ。ここはバシっときめなければ。


「ど、どうも皆さ〜ん、ちょっと準備しますので、今しばらくそのままお待ち下さい〜」


 黄色い歓声をバックにドアを開け中に入り、扉に鍵をかけカウンターへ歩いていき、お気に入りの椅子に座りコピペの作業を開始。次々青い扇子が量産されていきます。


『おい、レイス。お前やるじゃねぇか。な? 言っただろ売れるって』

「――え? いやこの扇子でお金を取る気はありません」

『は?』

「だって武器防具やアクセサリーではないですから」

『いやいやだって、魔力の数やべぇ事になってんじゃねぇか!? 今までこんなに客が来たことあったか?! 悪い事は言わねぇ。考え直せ』

「いいえ、これだけは譲れません。僕は鍛冶師です。道具屋ではありません。僕はここに訪れる冒険者や勇者候補生達の為に武器防具を作り続けます! これは僕の矜持です! ハイ、この話終わり。コピペも終わり。あ、これからもこの扇子の様な武器防具もしくはアクセサリーではないが汎用性が高い物が出来た場合、お客さんに差し上げるつもりです」

『――わかったよ。そこまで言うならもう何も言わねぇ』

「よし、お客さん外で待たせていますのでそろそろ行きます」


 僕は椅子から立ち上がり出入り口のドアをちょっと開け、顔をだし何度も練習した渾身のスマイルをお客さん達に向ける。


「暑い中外で待たせてしまって申し訳ありません。準備ができましので、どうぞお入り下さい」


 暑さというのは時として人をおかしくさせる。僕の目に写ったお客さん達の目はまさに野獣の眼光。


 あ、これヤバイかも。


 即座にバックステップからの後方宙返り、カウンターの裏へそのまま着地し陣取ると雪崩れの様に人が押し寄せ、あっという間に店の中が埋まってしまいました。


 広くない店内は軽いすし詰めパニック状態、これはなんとかしなければ。どうするか思考を巡らせ、頭の電球が灯りました。


 僕はカウンターの横にある、先程作っておいた扇子を2つ両手で持ち、ニッコリ笑顔で前を向き、両手を前に突き出します。


「よろしいですか皆さん! 今からこの扇子のデモンストレーションを行いたいと思います!」


 両方の手首を勢いよく下方向へスナップさせ、開いた扇子でお客さんに向かって扇《あお》ぐと騒がしかった店内が静かになりました。


「この様にバッと開きまして、あおぐとあら不思議! この様に冷たい風が巻き起こる。せんすと言います。覚えて帰って下さいね」

「レイスちゃん、これタダでマスターが貰ったって言ってたけど本当なのかい?」


 冷風で頭が文字通り冷えたのか、僕の目の前にいた汗を額から垂らした初老の男性が声を上げました。


 僕は顎を引き胸を張り、高らかに宣言します。


「もちろんです。この扇子に関しては一切お代は頂きません! どうぞ手にとって下さい! あ、お一人様1つずつでお願いしますね」


 ダメ押しにウインクをお見舞いします。


 決まったァーッ! いつかこういう時が来たらかましてやろうと思っていた悩殺ウインク! 女性だからこそできる技ダァー! おじさんには効果抜群不可避!


 僕が目を瞑り、自身の野望を遂げた達成感に浸っていた最中、目を開けるとけるや捌けるや扇子を手に取り流れる様に店からいなくなる人と扇子。


 そんなこんなで店から人はどんどんいなくなっていき一段落着きました。


「いやー捌けましたねー」

『一銭にもなってねぇよ!』

「もーまだ言うんですか? ほら後で研いであげますから機嫌直して? ね、おじいちゃん」

『誰がおじいちゃんだ! ん? 誰かこの店に近づく奴がいるぞ? この反応は――』

「お? もう扇子残り少ないですね。コピペしないと」


 僕が扇子をコピペしようと手を伸ばしたその時、店の扉が開かれくすんだねずみ色のローブを深々と被った背の高い人物が入ってきました。


「いらっしゃいませ! レイスの武具工房へようこそ!」


 営業スマイルを炸裂させると、ローブの人物は僕の目の前に来るとそのまま土下座してしまいました。


 えっあわよくば悩殺してやろうと考えたこの営業スマイル、まさか本当に効果あるとは。美人の笑顔恐るべし。


「こうやってお顔を間近で拝見させていただくのは実に7年ぶりでございます」


 そうやって男性は立ち上がり、フードに手をかけ顔を晒しました。


「ジ、ジルバさん!?」

「お久しぶりでございます。創生の女神クラフトゴッデスよ」

「うわ、懐かし――ゲフンゲフン。誰の事ですか? さっぱりわかりませーん。おっとすいませんお茶も出さず! コーヒーでよろしいでしょうか!?」

「い、いえお構いなく。実は貴女様に頼みがあって来た次第でして」

「た、頼み? ジルバさんが僕に?」

「えぇ、頼みというのはですね……、娘の事なのですが……」

「ニーニャさんの?」

「ハイ、娘が貴女様に度々迷惑をかけているのを謝りたく……」

「あ、良かったぁ。それなら全然大丈夫ですよ。いつも暇してますし、彼女は数少ないリピーターですからぁ」

「じ、実は折り入ってお頼みしたい事があるのです! どうか、娘をここで働かせてやっては頂けないでしょうか!? あの子は貴女に憧れ以上の感情を抱いてる。四六時中貴女の事を話しているのです。教えてもいないのに鍛冶師の真似事まで始める始末!」


 そう言って彼は再び土下座しだした。


「ちょ!? 頭上げて下さい! こんなところを誰かに見られでもしたら、それこそお店やっていけなくなっちゃいます!」

「平に! 平にご容赦を! あの子には才能があります! どうか! お願いします!」

「えぇ……うーん。1つ気になる事があります。ジルバさんのお店と言えば全世界でも指折りの工房の持ち主ですよね。しかもここ王都は本店です。僕も見に行ったことありますけど僕の所とは月とスッポンでした。設備、人、全て比べものになりませんでした。それなのに何故?」

「私は見たのです。7年前のあの日! 貴女が――」

「わー! ダメ! ストップ! それ以上は!」

『いいじゃねぇか雇ってやれば。あの嬢ちゃん結構真剣だし、それに今日みたいに大勢捌くとなるとレイスだけだと回りづらくなるだろ。店員の1人でもいた方が俺は良いと思うけどな』


 まさかのスサノオさんからのパスに一瞬呆気にとられてしまいました。


「――そうですね。わかりました! では僭越ながらこのお店でニーニャさんをお預かりしたいと思います」


 頭を床に擦りつけていたジルバさんが信じられないスピードで立ち上がり、僕の両手を取るとブンブンと握手してきました。


「ありがとうございます。このご恩は一生忘れません! 給料の類い一切は必要ありません。あいつもそういうのは望まないと思います! いや、逆に1日毎に1000万アイゼルお支払いしてもいい位です!」

「いっせんまん!? いやー流石にそれは……」

「そうですねよね。1000万アイゼルとなると膨大な数の金貨が必要になってしまう。では、こうしましょう。私の店から希少な鉱石や素材を一定量タダで貴女様のお店に卸させるのはどうでしょうか?」

「い、いいんですか!?」

「もちろんですとも!」


 白髪混じりの髪をゆらし笑っている彼を見て、思っていた印象とずいぶん違う気がしました。


「あの……こう言ってはなんですが、意外と気さくな喋り方するんですね。えっとほら、組合会議で度々顔を合わせますけど中々コミュニケーション取る機会がなかったですから」

「なまじ名前がでかくなってしまったが為に皆私を畏怖している。それを否が応でも感じてしまうのです。私自身どうしたら良いのか見当が付かず、黙りこくるという手に出たが……と言った感じでしょうか。今では娘と息子くらいですよ。私に自分から話かけてくれるのは。結果的に自分で自分を縛る羽目に」

「なるほど、冒険者だった頃の僕とちょっと似ています。その気持ちすごくわかります」

「私はそろそろ――」

「アッハイ。お気をつけて」

「娘にはすぐ伝えますので、近いうちにこの店に寄ると思います」

「おまかせ下さい」

「――では」


 そう言うとジルバさんの足元に緑色の魔法陣が出現し、彼の姿はかき消えた。


「うーん、流石は元冒険者」

『お前だってそうだろ……』


 外は夕焼けに染まっていました。

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