閑話 ソレイユ、ハーケネン商会総合本部へ招待される★
ソレイユはウィルアに連れられ貴族階級の者達が住まう区画へやってきた。ダートではない石畳の小路、尊厳ある建築物、語らい合う貴婦人達の姿に否が応でも優雅な雰囲気の様なものを躰で感じ取ってしまう。
「あ、あのまだ着かないんですか?」
「ここを抜ければもう少しです」
「は、はぁ……」
絢爛な住宅街を抜けると打って変わって千差万別、左右に陣取るは店、店、店。木造建築でできたペントハウス風の売店や宿屋、
「これ左右の建物全部お店ですか?」
「えぇ、商業区画ですからね。ぜーんぶお店です。もうしばらく歩きますので、ご容赦を」
そう言って歩き続けて、大きな石造りの建築物の前でウィルアは歩を止めた。ずっと握っていた左手を離し、巨大な階段の側まで歩いていき恭しく礼をした。
「ようこそ、我がハーケネン商会総合本部店へ」
「こ、この巨大な建物が店ぇ!?」
「えぇ、皆さん最初は驚かれます。スケールのデカさに
セールストーク全開のウィルアを尻目にソレイユは石階段を登ってこうとしたその時、不意に右手を引っ張られた。
「う、うわ何!?」
「つい営業の仮面を被ってしまう悪癖が起きてしまいました。お手を拝借――」
ウィルアは胸のポケットから白いハンカチを取り出し、彼の手汗で濡れたソレイユの手を丁寧に拭き、ハンカチを胸のポケットへと戻した。
「あ、ありがとう御座います」
「いいえ、こちらこそお暑い中長い事連れ回してしまい、申し訳ございませんでした。中は大変広いので私が父の工房まで案内しましょう。こちらです」
ウィルアの後に続き階段を登り、ソレイユは店内へと入っていく。
武器防具、アクセサリーはもちろんの事、食料品の売買や斡旋事業まで手を出している様だ。
人でごった返しす中、
「あぁ、それやはり気になりますよね。自分の愚妹が貼り付けたものです。どうやらこのレイスという鍛冶師を相当ライバル視している様なのですよ」
「そ、そうなのですか」
「えぇ、愚妹は父の姿を幼き頃から見て育ちましたからね。負けず嫌いで男勝りな性格が彼女をこういうくだらない行動に駆り立てるんでしょう」
ウィルアは他人事の様にそう言うと貼り付けられた紙を引き剥がし、両手で丸めて近くのゴミ箱に投げ入れた。
戻ってきた彼は右手を入口の方へ向ける。
「どうぞ、よろしかったら覗いてください。もっと良い剣が見つかるやもしれませんし、なかったらなかったで工房はいつでも開いておりますので」
「凄い、ずっとですか」
「えぇ、24時間人が出入り致しますのでね。職人も相当数用意しています。ほら、会ったときの様に肝心な時にいないって困るじゃないですか。これ僕が考えたんです」
「へぇ〜……」
「――おっと失礼。癖でつい喋ってしまう。では私は向かいの喫茶で紅茶でも飲んでおりますので、ゆっくり見てください」
そう言い残しウィルアは喫茶店へと向かっていく。
ソレイユは店内へと歩を進め、まず彼が驚いたのは異様とも言える熱気。広々とした通路の壁際に燦然と輝きを放つ武器防具が均等に飾られ、見る者を圧倒させる。
「ウゲッ」
それとなく近づいて、白銀の刀身に金色の柄頭に青い宝石が
「こんなの誰が買うんだ……。レイスさんの所で買った方が安く済むし絶対お得じゃないか」
あまりに現実離れした値段を見て、頭が冷えたソレイユはこの店のある傾向に気付く。
壁際に飾られた武器防具は見た目こそ非常に美しく見えるが、長い間放置されているのか埃を被っているものがある。そしてこの店で客がこぞって買い求める商品は店員が座っているカウンターの側に置いてある樽の中にある武器防具だ。
人をかき分け樽の前に躍り出たソレイユは幾つもそこに置かれた武器から適当な剣を手に取り、もみくちゃにされながらも抜け出たソレイユは通路の隅へ向かい鞘から抜いた刀身をマジマジと観察しする。ヘルズフレイムの透きとおったようにも見える
持った感触も良いとは言い難く、思いっきり振ったらそのままぽっきりいってしまうのではないかと思える程脆さを感じずにはいられない。
大量生産された信念なき一振り。それがこの剣に見出した彼の心からの評価である。
「ハァー、そうか。あの馬鹿げた値段、あれただの自慢なんだ」
職人の技術力の誇示。つまりはただのエゴであるとソレイユは決定付けた。剣を鞘に収め、またあの中を戻らなきゃならないのかと彼はげんなりし、剣をカウンターへと置いた。
「いらっしゃいませお客様。こちら一律2000アイゼルになります」
値段を聞いた瞬間倍の値段出せばヘルズフレイムがもう一本買えるという事実に怒りを通りこして哀れみを感じたソレイユは、無言で銀貨2枚を店員に渡し出口へと向かった。
「ちょっとあんた……」
武器屋から出た所で不意に呼び止められた。見るとピンク髪の自分と同じ学校の制服を来た少女がヘルズフレイムの鞘に手をかけている。
「イィヤアアアアアアアアアアア!!」
少女の甲高い叫び声がハーケネン商会総合本部に木霊する。
「な、何だ君はぁ!? 手を離せ!」
「なんで!? どうして!? もう最低! あぁもう気ぃ失いそう……こんな芸術作品をぶっ壊すなんてどういう神経してんの!」
「勝手に人の物触るほうがどうかしてるだろ! いい加減に離してくれ!」
「貸しなさい! 打ち直しに来たんなら私がやるわ!」
「ふ、ふざけないでくれ! どうして大切な剣を君に託さなきゃならないんだ!」
騒ぎを聞きつけ小走りでやってきたウィルアがニーニャの両脇に腕を回し、ソレイユから引き剥がした。
「いきなり騒がしくなったと思ったらやっぱりニーニャ貴女でしたか! 全く紅茶くらい静かに飲ませて欲しいものですね!」
「離せ紅茶バカ兄貴! 私の剣がー!」
「こ、これは僕の剣だ!」
「申し訳ございません。工房は前の階段を登った所にある、大きな木製の扉の向こうです」
「はーなーせー!」
「仕方ない人ですね貴女は!」
ウィルアは彼女のを手で覆うと嘘の様に静かになった。
「何をしたんですか?」
「ただ催眠をかけただけですよ。私は魔法の才に恵まれていますので」
「魔光派……ですか」
魔光派の人達のせいでこんな所まで来るハメになったとソレイユの心の中で苛立ちが沸き上がる。
「あぁ、私はああいう不毛な争いには興味ありませんので。中立みたいなものですかね。まぁそれもどうかと思いますが」
彼の容姿と持っている武器を察知してか、ウィルアは器用に開いた両手を彼に向ける。
「失礼しました。貴方は善意でここまで見ず知らずの僕をここまで連れてきてくださったのに……」
「よろしいのですよ。剣神派と魔光派の争いは今に始まった事ではありませんからね。さ、こちらです」
ウィルアがニーニャの束縛を解くと再び歩きだし、ソレイユは彼の後に続く。ソレイユは後ろを見るとニーニャは人形の様にただし真っ直ぐ前を見たまま固まっている。
「あの……彼女はあのままで大丈夫なんですか?」
「心配ありません。私が離れれば効力も落ちていき、いずれ目を覚まします」
「周りの皆さん、相手すらしていない。まるで最初からあそこに像が立っていたかの様に――」
「いつもの事ですから」
「は、はぁ……こんな事をいつも……」
「本部で買い物する時はピンクの悪魔に気をつけろ。総合本部における暗黙の了解です。彼女に目を付けられたら――」
「目を付けられたら?」
「走って逃げて下さい」
(猛獣かよ!)
「その通り! 彼女は鍛冶に取り憑かれし猛獣――いや悪魔なのです!」
ナチュラルに心の中を先読みされ、ソレイユはうろたえつつ、長く大きな階段を登りきり、しばらく歩いて大きな扉の前でウィルアの足が止まった。
「さぁ、どうぞ。お入りください」
扉が開くと同時に工房の中の凄まじい熱気がソレイユを出迎える。
何人ものドワーフがハンマーを打ち、魔術師が
「工房長!」
ウィルアが声をあげると、工房の隅で何やら羊皮紙に書き込んでいるてっぺんはツルツルのスキンヘッドだが、真っ青のあごひげを生やした工房長と呼ばれたドワーフが手を止め、ソレイユの方へと近づいてきた。
「坊っちゃん! どうしやした?」
「お客様をお連れしました。彼の持ってる剣を打ち直してあげてください」
「ボウズ、肉と骨はあんのか」
「肉と骨?」
「剣全部あるかって聞いてんだ」
「はい、これです」
ソレイユは鞘に収まったままの刃と柄を帯から外し、ドワーフへと手渡した。
「うん……ん? 何だこの剣は? おい、お前ら全員作業中断! こっち来てみろ!」
「工房長どうしたんです?」
作業に徹していたドワーフや魔術師達がヘルズフレイムの元に集まっていく。
「お前らこれと同じ物を作れと言われたらどうする?」
皆互いの顔を見合わせ、押し黙る中一人のドワーフが口を開いた。
「柄の部分の形だけなら20年もあれば再現できる……と思う」
「――ではこちらは」
工房長は左手で鞘を掴み、滑り出て露わになった刀身を右手に乗せ、机の上に置く。
「この……これだけの刀身を作るのに何年かかる?」
皆再び押し黙り、下を向く。
「俺達じゃ途方も無い年月が掛かるだろう。この透きとおった刀身を見ろ。俺にはとてもじゃないが再現や修正しろと言われたら逃げるね。ボウズ、いやお客人。これは俺達には無理だ。返――」
「私がやる! やってみせる! レイスになんて負けないんだから!」
声のした方をここにいる全員が一斉に見ると肩で息したニーニャが入口に立っていた。
「ニーニャお嬢。いつもなら子供の戯言だと思って無視して来たが、今回だけは言わせてもらう。身の程を知れガキ」
「ぐぬぬ……」
工場長とニーニャが火花を散らし、一触即発の事態に陥るかと誰もが思ったその時2人の間に魔法陣現れ、1人の薄汚いローブに身を包んだ男性が現れた。
「ん? お前達何をやっておるのだ? ニーニャはまだしも何故ウィルアが?」
「パパ!」
「お父さん!」
「ジルバ様、これを見てください!」
「こ、この人が世界最高の鍛冶師ジルバ・ルイツ・ハーケネン!!」
ドワーフに呼ばれのそのそとした歩みで、剣が置かれた机へとジルバは向かう
「これは……この剣は君が持ち込んだのかね?」
「ハ、ハイ! わ、私は勇者候補生の1人でして、えっと今は夏季休憩で……そのえっと」
「パパ、こいつよ。前に話したやつ。強いけど魔光派の人達に目の敵にされてる奴がいるって」
「ほう、君がそうなのか。なるほど。戦っている最中に刀身がすっぽ抜けた訳だね」
「えっ折れたんじゃないんですか?」
「ふむ、近くに来なさい」
ソレイユは言われた通りジルバの側に立つ。それと同時にジルバはローブの中に手を入れ、キラキラと緑色に光る砂が入った小瓶を取り出した。
「そ、それはなんですか?」
「まぁ見ていたまえ」
ジルバが小瓶の蓋を開け、剣全体ににふりかけた。すると剣は緑色に発光し、砂が柄の中へ吸い込まれて行くのがソレイユにはわかった。
「こ、これは?」
「この剣は折れたのではない。進化する為に刃を捨てたのだ。育ち盛りの子供の成長で足が痛くなるのと同じ様な物だ。空気中に漂う魔素を取り込んでいるのがその証拠。しばらくしたら新しい刃が形成される筈だ」
「そんな事が!?」
驚いた工房長がジルバを驚愕の眼で捉え、他の者達も工房長と同様に驚愕の表情のまま固まる。
「この工房で魔法剣を作製、もしくは複製した経験がある者は?」
ドワーフや魔術師達は一瞬にして目を伏せた。
「少年、ご足労して頂いたがそういう訳だ」
「でも、これはいつ元に戻るのでしょうか?」
「一定以上の魔素を取り込めば進化が終わる。さ、じきに夕刻だ。家に帰るといい。それと会議はすでに終わっているから、彼女も店に戻っているだろう」
「わかりました。ありがとうございました」
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!」
彼の後を追おうとしたニーニャをジルバが彼女の肩に手を置いた。
「ニーニャやめなさい。物事に優劣があってはならない……。いつも言っているだろう」
「う、うー!」
ジルバが剣をソレイユに返し剣を受け取ったソレイユは工房を後にし、総合本部店を出て寮へと向かった。
ソレイユが居なくなった工房で工房長が口を開く。
「ジルバ様、彼女とは一体誰の事を差しておられるのですか?」
「フッ、ニーニャなら詳しいぞ」
「嫌よ! 絶対教えない!」
「さ、休憩はこれ位にして仕事に励んでくれ」
ジルバの一言で全員がまた慌ただしく動き出した。
「私はどこかの誰かさんが騒いだせいで紅茶を飲みかけでできてしまったので飲み直します」
「ニーニャもし、お前並ぶきっと……」
「なにお父さん?」
「いや、何でもない。晩ごはんを作る手伝いをしてくれ」
「ええ、もちろん。お父さん聞いていい?」
ニーニャは半回転し、ジルバの眼を真っ直ぐ見据える。
「どうして返したの? お父さんなら完璧に修復できるでしょ?」
「ニーニャ耳を貸しなさい」
ニーニャは耳を傾け、ジルバが周囲に聞こえない様に耳打ちする。彼女はジルバの顔を見つめ、目を見開く。ジルバは疲れた様な表情を見せながらも、彼女に笑顔を見せるのだった。
3名は工房から退出し各々の目的の為、行動を開始した。
一方ソレイユはというと――。
「よかったよかったイエーイ!」
貴族達の奇異な目をガン無視しひたすら狂喜乱舞しつつ寮を目指すのだった。
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