第8話 なんか会議に参加しなきゃいけないみたいなんです

「今日は暑いですねー!」


 パタパタ。


『もう火の月に入ったからな』

「お客さん全然来ませんねー!」


 パタパタ。


『それと同時に養成学校の連中は長期休暇に入ったみたいだからな』


 今の季節は火の月と言い、前世で言う夏の様な季節に入りました。

 勇者養成学校の生徒さん達は夏休み真っ盛り!

 外は大勢の人で賑わっているにも関わらず僕のお店は閑古鳥が鳴いています。


「ハァ~、こんな日はアイスが食べたくなりますね」


 パタパタ。


『俺に言われてもな。つーか、それうっとおしいな。見てるとイライラする』

「え~? 何がですか?」


 パタパタ。


『それだよ! お前が仰いでる扇子せんすだよ!』

「あぁ~、これですか? あまりに暑かったんで、昨日寝る前に作ったんですよ。ちゃんと神憑りのスキルで妖精さんが宿っています。氷の精霊でフロスト・ピクシーちゃんです」


 僕の隣には白ひげをガッツリ生やしたお爺さんのスサノオさんの他に、虹色の二枚羽を背中に生やした薄水色の小人さんが部屋の周りを飛び回っています」


『そうなのか。扇子でも俺達みたいなスキルが付いてるのか?』

「よくぞ聞いてくれました! この子はですねぇ! なんとうちわを仰ぐともれなく冷風になるという、今の季節にピッタリなスキルが付いてるんですよ。残念ながら低級の妖精さんですから個別にコミュニケーション取ったりする事はできません。今も部屋中を勝手気ままに飛び回っていますねぇ」

『へぇ、そいつはすごいな。さぞかし売れ――ん? おいレイス、客っつうか便りが来たみたいだぞ?『

「お便りですか? なんだろう? ファンレターですかね」

『アホ言ってねぇで窓開けろよ……』


 僕は右の隅にある窓まで歩いていき、開けると一匹の青い小鳥が店内へ入ってきました。

 小鳥は僕の手のひらに止まりました。

 よく見ると足に羊皮紙が付けられています。小鳥の足からそれを外し内容を拝見します。

 小鳥さんは僕が目を通しているうちに店から飛び立っていきました。


『何だった?』

「あ、そうかぁ。組合会議の事すっかり忘れてた!」

『組合会議? あー、あの自慢大会か』

「そんな身も蓋もない」

『行かなくていいだろ。あんなの時間の無駄じゃねぇか』

「この王都でお店やってるなら入らないといけないんですよ! それに組合会議は参加するだけで税金免除の対象になるのでお店やる人は参加した方がお得なんです! お店は魔法で施錠しときますね。じゃ、行ってきます!」

『あ、おいレイス! 扇子持ったままで――』


 僕は扇子を胸の谷間にしまい、大急ぎで店から出ると中央区にある七階建ての建物を目指します。

 裏通りから学区を突っ切り、大通りに出て南に真っ直ぐ向かうと見えてきた紫の屋根が特徴の建築物。

 あれこそ、前世で言う市役所的な位置づけを担っているセントラルです。


 僕はセントラルの出入り口に立つと取っ手を掴みドアをゆっくりと開けました。


 中は人でごった返しています。

 それもその筈、セントラルの一階は紹介所とバーを兼任しているのです。

 今日も剣士と魔術師の皆さんが語らっています。

 一瞬の静寂、僕はバーに足を進めます。


「レイスの嬢ちゃんじゃねぇか! 誰かと思ったぜ!」

「相変わらずマブいねぇ!」

「どうも皆さん、今日も元気ですねー!」

「レイスさん好きだー! 結婚してくれー!」

「何ぃ! レイスさんと結婚するのは俺だー!」


 この一言を歯切りに乱闘が開始され、ある一角で殴り合いの喧嘩が始まってしまいました。

 その余波はどんどん感染していき、あっという間に店中で大乱闘が起こっています。


「男はこうじゃなきゃね。レイスさん大丈夫かい? 会議に来たんだろ? 3階でやってるよ」


 いつの間にか僕の隣には血の付いたピンクエプロンをし、三角頭蓋を被った茶髪の女性が立っていました。

 彼女はこの紹介所兼バーの支配人の奥さんであるエルミノーさんです。


「あ、エルミノーさんこんにちは! あとで掃除大変そうですね……」

「もう慣れっこさ。さぁ、今のうちに階段昇って行きな。コラー! ぶっ壊した備品は弁償してもらうからね!」


 僕はエルミノーさんに催促され、階段を昇り3階まで昇り、道なりに通りを歩いていくと、ある一室のドアの前で止まりました。

 他のドアとは明らかに違う金色の取っ手を掴み、おもむろにドアを開けると中は大きなホールとなっています。

 かなり大勢の人で部屋の中は埋まっていました。右の方を見ると奇妙な真っ白なバリアの様な膜で一方のみが覆われた不思議な物を目にしました。

 白い膜で覆われているのは魔術師格好をしている方が大半でした。

 片や、もう一方は筋骨逞しい人達が汗水を垂らしながら座っています。


 僕が困惑していると奥から黒髪ロングに紫の眼、長く尖った耳に銀の丸いイヤリングを着けた背の低い女性が近づいてきました。

 紫色で統一されたワンピースの様な服を着ており、とても涼し気な印象を受けます。

 肩には僕の店に来た青い小鳥が止まっていました。


「おや、来たか? 重役出勤だね。レイス?」

「す、すいません、パルカティーアさん」

「確か君は中立派だったね、残念ながら魔光派の席はあの通り埋まっているから、君は剣神派の者たちと会議を聞いてもらうよ ん? 君の胸に挟まっているものは――いや良い」

「何か言いました?」

「何でもない! はやく座りなさい!」


 彼女の名はパルカティーアさんと言い、名高いハイエルフでこのセントラルの管理人であり、組合会議の仲人でもあります。

 見た目はとっても可愛らしい女の子ですが1000歳を超えているらしいです。


 パルカティーアさんが剣神派と魔光派の人達の前に立つと一呼吸おいて喋り出しました。


 僕は剣神派の人たちの開いてる端の席へ座ります。


 隣は筋骨隆々なマッチョマンで下のバーのマスターであるグベンさんが座っています。

 スキンヘッドに肩の骸骨のタトゥーがよく似合っています。

 彼こそ下の階にあるバー兼紹介所の支配人です。マスターって呼ばないと不機嫌になるらしいです。

 奥さんのエルミノーさんとお揃いのピンクのエプロンを着ています。

 何故か彼は僕の方を怪訝な顔をしながら見てきます。


「こんにちはマスター。ずっと僕の顔見てるみたいですが、顔に何か付いてますか?」

「いや、そういう訳じゃねぇんだが……な。そのままここに来たのか?」

「え? えぇそうですよ? どうかしました?」

「胸に木の棒みたいなのが挟まってるぞ」

「木の棒? あっ……」


 普段着の水色のドレスの胸元を見ると僕の胸に扇子が挟まっていました。

 どうやら来るときにそのまま持ってきてしまったようです。


 ドレスの内ポケットに入れたと思ったら胸に挟まってしまった様ですね……。


 谷間に挟まった扇子を取り出し、片手で開きグベンさんに見やすい位置でパタパタと仰ぎます。


「えっと、これはですねぇ扇子と言いまして、こうやってばっと開いて仰ぐ事で風を人為的に起こすアイテムなんですね? ほら、涼しいでしょ? 今火の月で外暑いじゃないですか。だから持ってきたんです。決して急いでたせいで片付けるの忘れた訳じゃありません。本当ですよ?」


 僕は無意識に持ってきてしまった扇子を適当な理由付けをし、この場を乗り切りました。


「ふぅん、ちょっと貸してくれ」

「勿論良いですよ? はいどうぞ」


 僕は扇子を彼に手渡しました。

 彼は両手で扇子をおっかなびっくり弄っています。

 僕が仰ぐジェスチャーをすると彼も扇子を自分に向けて仰ぎました。


 その瞬間、彼は両目を見開き扇子を閉じて裏表を確認しだしました。


「こいつは驚いた。風魔法も使ってないのに冷風が吹いたぞ? これ売れるぜ嬢ちゃん」

「売る? 扇子をですか? それもそうかもですねぇ。というか冷風感じることができるんですか?」

「ん? あぁ。今も仰ぐたびに涼くて気持ちいいぜ。魔光派の連中がやってる氷バリアの芸当より、こっちのほうがよっぽど良い」

「あぁ~なるほど。低級の妖精だから相性とか関係なしに効果が働いてるみたいですねぇ。氷バリアとは?」

「見ただろ? あの白い膜みたいなの。あちらさんは氷の冷気をバリアで閉じ込めて自分たちだけ涼しい思いしようって事らしい」


 白い膜で覆われている魔光派人達の方を見てみます。結露しているようで、中がどうなっているのかよくわかりませんでした。


「氷バリアの中に入るって涼しい通り越して相当寒いと思うんですが、大丈夫なんでしょうか?」

「さぁな? 魔光派の連中の事なんぞどうだっていいね。それより嬢ちゃん!」

「は、はいマスター何でしょう?」


 グベンさんはすごい力で僕の肩を叩いてきます。


「これ貰えねぇか? いや、流石に虫が良すぎるか。言い値で買うよ」

「え!? 今ここで!?」

「だめか?」

「いや、だめじゃないですけど……」

「さっきから何二人で喋ってんのさ?」


 僕が困っていると、僕とグベンさんの後ろから真っ赤な毛をポニーテールにした、ほぼ下着姿の踊り子の様な格好をした褐色の女性が、身を乗り出しこちらに顔を向けてきました。

 ショッキングピンクの布で胸を隠しただけの簡素な下着に、下半身は薄水色スカートを履いているようですがスケスケで同じくショッキングピンクのパンツがまる見えです。


「えっと、貴女は?」

「あたいかい? あたいは黄金の楽園の元締めやってるピルミーだよ。よろしくね」

「黄金の園って娼婦館の?」

「あぁ、そうさ。で、さっきからマスターは何この子口説いてんのさ」


 ピルミーさんは更に身を乗り出し、僕とグベンさんの肩に手を載せてきました。


「馬鹿やろう、何言ってんだ。そんな話誰もしてねぇよ。これさ、嬢ちゃんが持ってきたこのセンスとか言うすげぇ奴を売ってくれって話してたんだよ!」

「それが何?」

「よく見とけ? これをこうばっと開いてだな? そんでもって仰ぐと――」

「すっごい涼しいじゃん! なにこれマジ!? あたいにも頂戴!」


 ピルミーさんは僕の肩を揺らし、グベンさんと同じように売ってくれと催促してきます。


「えっと、待って下さい。コード発動! コピー&ペースト!」


 僕が叫ぶと扇子が白い光を発し、その光が収束し扇子の形へ変わっていき僕の手に全く同じ扇子が新たに2つ顕現しました。

それをピルミーさんへ手渡しました。


「え、え!? 何今の!? 凄い! もう一回やって見せて!」

「何回やっても増えるだけですよ! 意味なんてありません! というかピルミーさん揺らすのやめて頂けませんか!? 気持ち悪くなってきたんですが!?」

「あ、ごめんね」

「で、嬢ちゃん! どうなんだ? 売ってくれるのか?」

「宣伝代わりに差し上げます。持ってきてしまったものは仕方ないので。どうぞ」

「「ほんとう(か)?」」

「ええ」

「よし、分かった。暇ができたら必ず宣伝するよ」

「俺も」


 青い海の絵柄が入った扇子をお二人は開いたり閉じたりして遊んでいます。


 暫く動作を続けて、お二人はホクホク顔をすると前へ向き直りました。

 僕も同時に前へ向き直ると、パルカティーアさんが明らかに僕の方を向いているのがわかりました。

 すかさず扇子を隠すために谷間で挟みます。


「長々と世間話は楽しかったかな? レイス? グベン? ピルミー? 私が言ったことを一字一句間違わずに復唱できるか?」

「す、すいません……」

「すまん」

「何さ、お人形みたいな顔して怒ってさ。ちんちくりんの癖に」

「ピルミー、お前は少し居残りしてもらおうか」

「は!?」


 それだけ言うとパルカティーアさんは正面へ向き直り、再び喋りだしました。


「――おほん。では、最後に今期の最優秀組合員を決めて会議を終わろうと思う。ジルバ・ルイツ・ハーケネン氏だ! 拍手!」


 拍手喝采の中、僕の四列目程前の席から長身で革の服に身を包んだ男性が立ち上がり、パルカティーアさんの隣で立ち止まり、皆の方へ向き直った。

 白髪交じり黒髪はボサボサでねずみ色の無精髭を生やした、一見浮浪者に見える男性である彼こそが、全世界で一番の大金持ち兼最高の鍛冶職人と詠われているハーケネン商会の頭取りその人です。


「ありがとう。……いつも言ってることだが私が今ここにいるのは運が良かっただけだと、私自身が一番良くわかっている。物や事象そのものに優劣があってはならない。その事だけどうか心に留めていて欲しい。ご清聴感謝する」


 ん? 今一瞬ジルバさんと目があった気が。


 ジルバさんは自分の席へそそくさと戻ってしまいました。

 そして、入れ替わる形でパルカティーアさんが前に立ちました。


「では、今回の組合会議はこれにて閉会!」


 剣神派の人達がまばらに立ち上がり、皆どこか疲れた顔をしながら部屋から出ていきます。


「レイスちょっといいか?」


 声のした方を見るとパルカティーアさんが手招きしているのが目に入り、僕は立ち上がり彼女の側へと小走りで近づきます。


「な、何でしょう?」

「今日は嫌に暑いなー」

「えぇ、そうですね~。参っちゃいますね」

「こんな日は冷たい飲み物が飲みたくなるなー」

「あぁ~、いいですね~」

「……」

「……?」

「鈍い奴だなお前は! 誘っているのがわからないのか!?」

「え!? 僕を何に誘ってるんですか?」

「ちょっと下のバーで話でもどうだ?」

「今からですか?」

「駄目か? できれば二人っきりで話がしたいんだがな。ミルク1杯おごるから飲もう」

「ハ、ハァ……1杯だけなら」

「よし、決まりだな」


 パルカティーアさんが僕の手を掴み引っ張ってきます。


「あの……」

「何だ? 私と飲むのはやっぱり嫌か?」

「い、いえ! そうではなくて! さっきから魔光派の人達が1人も出てこない、というかバリアが解除されないんですが大丈夫なんですかね……?」


 真っ白なバリアは未だ健在であり、不気味な静寂を保っている。


「恐らく、バリアの中で氷づけになっているんだろう」

「大変じゃないですか! 助けなきゃ!」

「あいつらは私の話を聞かなかったからな。こうなることは予め忠告しておいたというに。剣神派の連中と同じ空気を吸いたくないと言ってバリアを貼ったのだ。自業自得と言うやつだよ」

「でも、助けたほうが……」


 彼女がバリアを睨みつけると赤い紅蓮の炎の渦が突然現れ、バリアを飲み込んだかと思うとすぐに収まり、全身ぐしょ濡れになった魔術師の皆さんが現れました。

 みんな何が起こったのかわかってないのか、呆けた様な表情を浮かべたり、躰をしきりに触ったりしていました


「ピルミーは逃げたか、まぁいい。ほら、行くぞ」

「あ、はい!」


 僕はパルカティーアさんに手を引かれながら会議室を後にした。

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