閑話 ソレイユの受難★

「ハァハァ、早くレイスさんの所へ行かなきゃ」


 町中を赤い鞘に収めたブロードソードを血豆が潰れた両手で大切に抱えながら、少年が1人ひた走る。

 彼が目指すは町の外れにある武器屋、レイスの武具工房。

 大型連休に入って間もないこの日、彼は退っ引きならない問題を抱えていた。


 事の発端は彼の日課である学園の敷地内での素振りをしていたときまで遡る。


☆☆☆


 ――いつもの様に朝の広場の片隅で素振りをしていると、後ろから人が近づいてくるのが彼にはわかった――。


『おい、ソレイユお客さんだぜ? 性懲りもなく、粘着質な奴らだな。全く』

「ソレイユ! 剣魔対抗試合の借りを今日こそ返させてもらうぞ! では、先輩! お願いします!」


 ソレイユが声のした方を見ると目の前にはねずみ色のフルプレートの甲冑に身を包んだ大男が立っていた。

 彼の手には柄に棘だらけの鉄球を鎖で繋がれた特殊なメイスが握られてる。


 声の主である魔術師は大男の後ろに隠れるようにして、ソレイユに対し声を張り上げている。


「えっと、誰だっけ?」

「剣魔対抗試合で戦ったクイールだ! いい加減覚えろ! フン! 貴様なんて先輩の怪力の前では赤子同然だ! 先輩の持っている武器をよ~く目に焼き付けるがいい!」

「変わった武器だね」

「ハハハ! 怖気づいたか! これはモーニングスターという名前の武器だ! 俺がハーケネン商会の武器屋で買ってきたんだ! 実費でな! おこづかいの3ヶ月分の威力! とくと味わうがいい!」

「君は魔光派の癖に前衛職の人を僕にけしかけるのか!」

「う、うるさい! ウドノ・タイボーク先輩は中立派だ! 言っておくが、おこづかいは先輩の分も含まれているんだ!あとで、パフェを奢らなきゃならないんだぞ! これも全部お前のせいだ! やっちゃてください! 先輩! 先輩?」

「ズー……ズー……」


 長々と立ち話をしていた結果、ウドノは立ったままいびきをかき眠りについていたのだった。


「先輩ー! 起きて下さーい! これからなんですよー!?」

「ねぇ、もう僕行っていいかい? 1人で静かに素振りをしたいんだけど」

「ま、待て! 逃げる気か! とっとと起きろ!」


 クイールは手から勢い良く水が吹き出し、ウドノの甲冑に水流がぶち当たると前のめりにぶっ倒れた。


「――うぐ? うごっ?」

「先輩起きられましたか!? さぁ、今こそ奴をコテンパンのぐちょぐちょにしちゃって下さい!」

「仕方ないな。よっと!」


 ウドノが頭を擦りながらおもむろに起き上がると、モーニングスターを振り回しつつソレイユに真っ直ぐ向かっていき、棘付きの鉄球が彼の頭を砕いたかのように見えた。

 ソレイユの頭に鉄球が触れる寸前、彼の姿が露と消え去る。

 幻覚を相手にモーニングスターを振り回すウドノの死角――天高く飛び上がったソレイユは、剣で彼の頭部めがけて軽めの唐竹割りを一撃見舞った。


「パフェ……食いたかった……」


 そう一言だけウドノは呟くと糸が切れた人形の様に地にした。


「せ、せんぱああああああああああい!!? そ、そんな! 僕の3ヶ月分のおこづかいがああああああああああ!!! っていうか普通に喋れたんですかあああああ!!?」

「ねぇ、もういいだろう? 本当に1人で集中したいんだよ」

「ハ、ハハハハハハ……やるじゃないか! まさか先輩を倒してしまうなんて思いもしなかったぞ! ちょっと用事を思い出したから今回はこの辺にしといてやろう! では、さらば!」


 そう言うとクイールは両手でウドノを引きずりながらソレイユの元から去っていった。


「何だったんだろう、あれは?」

『おつかれさん。っと、そろそろか。ソレイユよく聞け? ほんの少しの間、お前とはお別れだ』

「え? イフリートさん? 何を言って――」


 ソレイユが剣を鞘に収めた瞬間、パキンという軽い音と共に刀身が根本からポッキリ折れ、柄のみが地面へ落下した。


「え? え? 嘘? イフリート……さん?」


 一瞬の静寂、落ちた柄を震える手で拾い上げソレイユは徐ろに口を開く。


「――け、剣が……ぼ、僕のヘルズフレイムが……オシャカになちゃった――」


 ――そうして大切な剣を修復してもらう為に彼はひた走る。

 街道を走り抜け、住宅区へ差し掛かる2区前にある裏路地へ入り、木造2階建ての店舗の扉の前にソレイユは立った。

 肩で息する彼が見たものは、CLOSEの文字が並ぶ固く閉ざされたレイスの武具工房の扉であった。


「そ、そんな! 今日に限ってお休みだなんて! お願いです! レイスさん! いないんですか!? 大変なんです!」


 彼は両手の握りこぶしで店の扉を叩き壊すが如く勢いで思いっきり叩くが、扉はびくともせず同時に一切の反応はなかった。


「ど、どうしたら……どうしたらいいんだ……。一刻も早く直したいのに……」

「もしもし君? こんなところでうなだれてどうしたんだい?」


 ソレイユが声のした方を見るとブラウンの髪に、右目にバックルをかけた綺麗な身なりの紳士が立っていた。


「貴方は……」

「休憩がてら、5ブロック先にある喫茶店でお茶を飲んで帰る道中、目に入ってしまったものでね? その剣がどうかしたのかい?」

「えっと、大切な剣が壊れてしまって……」

「見せてもらってもいいかい?」

「え、ええ」


 ソレイユは恐る恐る手に持った鞘と柄を男性に渡す。

 男性は鞘に収められた刀身と柄を交互に見比べる。


「これは見事に根本からいってるね。これを直すのは中々骨が折れると思うよ」

「で、ですよね。この剣はこの武器屋で購入したんです。すごくいい剣で、とても気に入ってるので直してもらおうとやってきたんですが……」

「お店のご主人は留守だったと。あ、そういえば私の身内が会議がどうのとか言ってましたねぇ。お店の主人が戻るまで我慢しては? はい、お返しします」


 男性は鞘と柄をソレイユに返すと踵を返そうとし、再びソレイユの方に向き直った。


「あ、もし良かったら家に来ませんか? 私の家も武器やら何やら色んな物を作ってたりするんですよ。私の身内なら何とかしてくれるやも知れません。おっとそうだ、申し遅れて面目ない。私の名はウィルア・ルイツ・ハーケネンと言います。聞いたことくらいはあるんじゃないでしょうか?」

「ハーケネンって、あのハーケネン商会!?」

「えぇ、そのハーケネンです。まぁ、私は武器やら防具やらは全くわからないんですけどね。父と妹がその辺りに凄く詳しいんですよ。これもきっと何かの縁、今から一緒に僕の家に来ませんか?」

「え、でも……」

「ささ、行きましょ行きましょ」


 ウィルアはソレイユの手を掴み、半ば強引に歩を進めるのだった。

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