第3話 なんか大御所が来店されたみたいなんです

 今日も今日とて、カウンター前に設置された回転式の椅子に座り左に回転しながら僕は時間を潰す。


「あ〜、お客さん来ないかなぁ〜。こう成金の貴族の人がやってきて『ここからここまで、全部貰おうか。言い値で買おう』的な――」

『良かったなレイス、お前の願いが叶いそうだぞ? 男が近づいてくる。この魔力の濃さだと大人だな』

「よっしゃ! 最近結構朝に来ますね! お客さんカモーン!」


 僕は椅子の回転を両足で止め、手招きする。


 カランカラン……。

 そんな気持ちのいい音を立てて店のドアが開いた。左右を見渡しながら白髪で眼鏡を掛けた長身の男性がカウンター前で止まり、私達は目と目が合った。


「レイスの武具工房へようこそおいでくださいました! 武器防具からアクセサリーまで! 僕に作れない物はない!」


 ずっと練習している謳い文句を噛まずに言えた為、渾身のドヤ顔をお客さんに見せつける僕。


 決まった……! これでお客さんの心を鷲掴み不可避!


「レイスとは君の事だったのか……。私を覚えていませんか? ほら、4年前舞踏会で一緒になったでしょ?」

「はぇ? う~ん。ちょっと待ってくださいね? 4年前……舞踏会……白髪頭……ッ!!」

「思い出してくれたかい? まぁ、あの時は今と違って長髪だったからね」

「だ、第3王位後継者ルベル王子! な、なな何故私の居場所が!?」


 事件は4年前の舞踏会に遡る。当時、僕は一介の冒険者であり、世界を旅していたのだが、色々あって野党に襲われていた馬車を発見、野党を打倒し助け出したのが、今目の前にいるルベル王子だ。問題はここからで、救出したお礼に舞踏会が開かれ、僕は不運にもこのルベル王子とダンスをする羽目になってしまった。考えてみてほしい、元男で生産職しか取り柄のない僕が、舞踏会を無事に終えられるだろうか? 断じていなである。僕はステップする度に王子の足を履きなれていないヒールで踏んづけまくったのだ。


「いや、あの時はたまらなかったよ。今日来たのは、私にも武器を見繕って欲しいと思ってね」


 僕は椅子から滑り落ちるかのように床に両手をつき、土下座の体制へ瞬時に移行した。


「へへ〜、平にご容赦を。を? 武器でございますか?」

「あぁ。実は今勇者養成学校で教官をしているんだが、昨日変わったブロードソードを所持している少年からここの事を聞いたんだ。あの剣は凄まじい技術力だ。この工房は君一人で切り盛りしているのかい?」


 僕はスッと立ち上がり、左手を真っ直ぐにし、顔の前へ持っていき敬礼のポーズを取る。


「ハッ! その通りであります! 何分小さな工房でありますから。え? 王族の方なのに養成学校の教官?」

「あぁ、そうなんだ。私以外にあと兄、弟、姉3人いるんだが、王位継承の正統な手続きみたいなもので必ず何かしらの証を示さなければいけないんだよ」


 僕は小首を傾げた。


「証ですか〜。 大変ですね」


 僕がそう言うとルベル王子はニッコリ微笑んだ。


「いや、そうでもないよ。下々の者達とコミュニケーションを取るのも王学を学ぶ上で大切だし、何より楽しいしね」

「なるほど〜。ご立派な考えですね」

「ああ、まぁ私自身は王位継承権など、どうで良くてね。兄か姉が継ぐだろうから、私は裏方に徹していた方が性に合ってる。それに民との交流を深めることの方が大事だと思っているよ。おっと、つい話込んでしまった。では武器を」

「これは失礼をば! 少々お待ち下さい!」


 僕は壁に手かけられた長柄ちょうへい武器を手に取り、カウンターへ立てかける。長く蒼い刀身が日本刀の様になっており朝日に反射し蒼くキラキラと輝いて見えるのが特徴の美しい薙刀なぎなただ。


「――なんと美しい刀身だ。これは槍? いや、違う。なんという武器なんだ?」

「王子、これは薙刀という武器です。貴方様にはこれが1番かと」

「変わった形状の長柄武器だね。突きではなく切り裂く事に重点をおいた武器の様だ。 何故、この武器が私に合うと? 何か理由が?」


 僕は人差し指をピンッと立て、自分の口元に持っていき、笑みを浮かべる。


「ふふっ、営業秘密です」

「わかった。君を信用する事にしよう。幾らだい?」

「10万アイゼルになります」

「余りにも安いな。このクオリティの武器ならどんなに安く見積もっても100万アイゼルはくだらないと思うが?」

「僕は庶民の味方ですから。最近押され気味ですけど……」

「君は本当に面白い人だね。わかった。買わせてもらうよ」


 僕はルベル王子から金貨10枚を受け取る。


 王子は薙刀を持つと店から出て行った。


 ★★★★★★★


 レイスの武具工房から帰ったルベルは、一目散に城にある自室へ篭った。彼はすぐさま薙刀へ魔法をかけ、もう片方の手に白層石はくそうせきという白い石を削って作った自家製のチョークを持ち、同じく自家製の黒板に薙刀の特徴を書き連ねてゆく。


「やはり思ってた通り、刀身に極小のエルサレア文字らしきものが刻まれている……! なんという技術力か! ん? これは? 形状――」

『刀身……撫でる……くすぐったい』

「ッ!? 今明らかに薙刀から声が!?」

『当たり。レイス……作る武器……皆そう……俺もそう。皆強い……皆違う。俺……ゼウス、雷と嵐の北欧の全能神ゼウス。薙刀の名……ライトニングティアーズ』

「北欧の全能神ゼウス!? 貴方は神様なのですか!?」

『合ってるし……違う。俺、レイスの異能で生まれた。レイス俺達の母』

「かか、彼女は神様の母親なのですか!?」

『レイスが武器を作った瞬間……、俺たち生まれる。皆違う。――皆強い。お前床……、俺2回叩く』


 戦々恐々としつつもルベルは薙刀をしっかり右手で持ち、床に刃の付いていない方で2回打ち付ける。


「こ、こうですか?」


 すると薙刀の全体が青く発光し煌めきを増していく。眩い光が収まりつつ、ひし形の宝石が付いた銀のイヤリングへと形を変え、床に転げ落ちた。


「――こ、これはッ!?」

『俺……長い……持ちにくい。だから耳に付ける……。楽……、レイス言ってた……。皆違う力2つある。俺、小さくなれる』

「も、もう一つは?」

『ここでやる……部屋ボロボロになる。今……内緒』

「彼女は……正に神憑った才、いや異能の持ち主なんですね……」


 ルベルはイヤリングを拾い上げ、椅子に凭れるとしばらくの間、イヤリングを握り締めながらただ呆然と虚空を見つめていた。

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