君は黙ってそこにいればいいよ。何、文句あるの?


 今日はオリバー様の御実家であるハルフォード子爵家へ、顔合わせも兼ねてご挨拶にやってきた。


 ……なのだが、私は終始がちがちに緊張して萎縮していた。

 こちとら貴族の養女になった、平民寄りの分家出身だ。生まれながらの貴族には敵わない。


 ……それに先ほどから視線を感じており、そのせいで萎縮してしまうのだ。


「……ジェフ兄上、見すぎです。いくらなんでもレディに対して失礼ですよ」


 見かねたオリバー様が代わりに注意してくれたが、お兄様のジェフリー様は私から視線を外さず、にやりと皮肉混じりな笑顔を浮かべた。


「ふーん、お前こういうのが好きなのか」

「兄上」

「なんだよ、本来俺の嫁になってたんだぞ? それに申し開きとかはないのかオリバー」

「ありませんね。僕の方が優秀だと認められた結果ですから」


 刺のある言葉の応酬があり、私は更に居心地が悪くなる。

 結婚相手は私が決めたわけじゃないけど、最初に縁談を持って行った相手ではなくその弟君が内定したことについてお兄様は納得していないのかもしれない。


「生意気だなお前は」

「僕が素直だと気持ち悪いでしょう」


 ……仲悪いのかな。それとも、私との縁談が持ち上がって以降急速に険悪になったのだろうか。

 なんか、申し訳ないな。


 とはいえ、私にはどうすることも出来ない……膝の上で両手を握りしめて息を潜めて黙り込む。


「どうしたの、体調悪い?」


 黙りこくって固まった私の様子を心配したオリバー様が顔を覗き込んできた。澄み切った青い瞳に私の胸が弾んだ。


「……いえ、私……場違いだなぁと感じて」


 嘘ではない。

 姿形は貴族令嬢になっているが、私の心はまだまだ平民気分なのだ。粗相しないように気を張るのに精一杯でもうすでに帰りたい。

 私の弱気な発言にオリバー様は呆れを隠さない視線を向けて来る。

 うぅ、心が痛い……そんな目で見ないでくださいよ。


「君は黙ってそこにいればいいよ。変なことを言って来る人間はこの屋敷にはいない。……いたら僕が黙らせてあげるからそんな情けない顔しないで」

「はい……」


 みっともないって言いたいのよね。すいません、小心者な部分が無くならなくて。


「あらあらオリバーったら」


 私たちのやり取りを見ていたハルフォード子爵夫人……つまりオリバー様の実のお母様がくすくすと笑い出した。私とオリバー様が彼女に視線を向けると、夫人は扇子で顔半分を隠して、それでもなお笑いを堪え入れない様子だった。


「レイアさん」

「は、はい」


 名前を呼ばれて私はピンと背筋を伸ばした。

 なにを言われるのか身構えて、次の言葉を待つ。


「オリバーは素直じゃないところもありますけど、優しい子なんです」

「ジェフリー宛てに届いたレイアさんの絵姿を見て、オリバーが結婚するって言い出したときは驚いたけど、仲良くしているようで安心したよ」

「え?」


 ハルフォード子爵の発言に私は耳を疑った。

 いや、本人から自分の将来を憂いて、お兄様から婚約者の座を奪ったとは聞かされていたけど、その言い方じゃ相手が私だと知ったうえで立候補したみたいな……


「父上、母上、余計なことを言わないでください」

「そーそー。別に俺は嫌とか一言も言ってないのに、奪い取るようにかっさらって行ったよね。弟の突然の反逆に驚いたよ」


 オリバー様が止めるも、お兄様もここぞとばかりに口を挟んだ。

 しかし、私は彼らの言葉が冗談に思えて、隣に座るオリバー様に視線を向けた。

 これって冗談ですよね? じゃなきゃ、私の絵姿を気に入ったみたいに聞こえるんですけど……


「──何、文句あるの?」


 ぶっきらぼうな声。

 いつもつんつんしていて、冷たく聞こえるモノの言い方をするけど、それはただの照れ隠しだったりする?


「ないです……」


 オリバー様は私から視線を外してそっぽ向いたが、耳まで赤くしていた。


 その反応、普通に可愛いです。

 胸の奥がキュンとときめいた。

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