第70話 水の都 2 宿泊

 俺達は大きな木造の宿泊施設に入る。


「木の、自然の匂いがとても良いですね」


 隣で目を輝かせて周りを見ながらそう言うダリアに「そうだな」と答えつつ俺も周りを見る。


 俺達と同じ観光客だろうか、様々な種族の人達が見たことのない服を着て歩いている。彼らの奥を見ると休むためにとられた広い空間に大きなソファーが置いてある。そして正面を向くと受付があり、客と似たような服を着た受付嬢がいた。


 受付はこちらに気が付いたのかニコリと笑みを浮かべる。

 立っていても仕方ないと思い足を進めるとダリアが俺の横腹を小突こずきながらついて来た。


 (……綺麗な毛並みの猫獣人と思って)

 (確かに綺麗だがダリアの方が断然だんぜん綺麗だ)


 小声で言うと「かぁー! 」っと顔を赤らめて下を向いてしまった。

 事実なのだから仕方ない。

 ちょこんと俺の服をつかみながらついてくる彼女を引き連れて受付に行く。


「いらっしゃいませ、温泉旅館『三毛猫みけねこ』へ……だにゃ! 」


 受付嬢が笑顔でそう言った。

 ……付け加えたな。

 俺と同じことを考えたのだろう、チラリとダリアの方を見ると少し笑いをこらえている。


「旅行できたのですが」

「何泊されるので……するのかにゃ? 」

「一泊で」

「かしこ……わかったにゃ」


 付け加えながらも帳簿ちょうぼを出す。

 「にゃ」を付け加えない方が普通だから! と心の中で思うも口には出さない。

 無理している感がかなりあるが、きっと大人の事情があるのだろう。

 ならば何も言わないのが一番である。


「何ぜ語尾に「にゃ」を付け加える? 変な人間だな」


 ミズチがいきなり地雷をみ抜いた。

 なにを言っているミズチ! 彼女の頑張りを、そして俺達の気配りを無駄にして!

 机に置いてある書類から恐る恐る目線を上げるとそこには顔を赤くした猫獣人の受付嬢が。


「ホムラ」

「わかった。ミズチこっちに来い」

「え? お姉様。一体どこへ連れて行くので——」

「良いからこっちに」

「こ、これはまさか旅行に来て積極的になったお姉様との恋の旅が! 」

「馬鹿な事言ってないでこっちだ」


 俺達はホムラを生贄いけにえにしてミズチを一時退去たいきょさせた。

 気まずい雰囲気が流れる中一先ず帳簿に名前と泊まる人数と書き、それぞれ項目を埋めていく。


「こちらが鍵になります」


 普通の口調に戻った受付嬢から鍵を二つ受け取った。

 これは部屋割りが俺とダリア、そしてホムラとミズチとなっているためだ。


「済んだか? 」

「ああ。ほら鍵だ」

「ありがとう」


 ホムラが受け取り番号を見る。

 そして俺達は部屋に上がった。


 ★


 この宿泊施設——旅館というらしい——は二階建て。

 しかし俺達の部屋は一階だ。


「ではこれで説明を終わらせていただきます」


 そう言い女性が出て行った。

 俺は扉から目を放して正面を向く。そしてダリア、ホムラ、ミズチを見た。


「食事はここでとっても大丈夫そうだな」

「言ってみるものですね」


 俺達は全員集まっている状態で机を囲んでいる。

 最初は部屋ごとに食事が渡される予定だった。しかしミズチとホムラは俺達の連れということで食事を一つにまとめてもらった。

 理由はこの二人を放置できないからだ。

 何かやらかして何時問題事を引き起こすかわからない。問題事を起こしたらそれこそ新婚旅行どころじゃなくなるからな。

 旅行も良いが気を引き締めないと。


「話しを聞く限りだと遊べそうな所がありそうだな」

「私はりが気になります」


 ダリアが金色の瞳をこちらに向けて言う。


「確か魚を取って遊ぶ、だったか」

「む? 釣りをしたことがないのか? 」

「ホムラはあるのか? 」

「いやないが見たことはある」

「どういうことだ? 」

「釣りとやらをやっている人の隣でながめていた」


 眺めていた、か。

 まぁ精霊が人間の遊びをするというのもおかしな話か。


「だが確か釣りは海でやるものだと思っていたのだが……」

「そうなのか? 」

「ああ。少なくとも私が見た『釣り』は海でやるものだった」

「「行ってみればわかる」ともったいぶっていましたが、気になりますね」


 ダリアが興味深そうな表情をし、コテリと小首を傾げる。

 俺はふと気になったことをホムラに聞いた。


「その釣った魚とやらはどうするんだ? 」

「食べる」


 なるほどな、と思いながらも俺達は話す。

 途中扉からノックの音が聞こえる。

 返事をすると夕食を運んできたとの事。


「綺麗ですね」

「本当に食べ物か? 」

「ふふ。この地の宿泊施設に初めて来られる方は皆そう言うようで」


 従業員が笑みを浮かべながら言う。その顔はどこか誇らしい。

 しかし他の客が言うのもわかる。

 これは食べるのがもったいない料理だ。


「ではいただきましょう」


 従業員が運び終わるとダリアが音頭おんどをとる。

 そして祈りの言葉を口にして、フォークをとった。


「んんんん~~~~! 美味しい! 」

「この魚とやらはさっぱりしているな」

「野菜もシャキシャキです! 」


 従業員に言われた通り魚にたれをつけて口に入れた。

 魚は初めて食べたがさっぱりとしている。

 聞くとこの全て違う魚のようで、それぞれとって口に入れる。


「おお。こっちはあぶらがのっている」

「ゼクトさん。私にも分けてください」

「ほら」


 彼女の皿に魚を乗せる。

 彼女のそれを口に入れ、ほほに手を当てながらもだえ喜んだ。

 

 酒が進む中食べたことのない食材を満喫まんきつする。

 そして食べ終わり俺達は解散となった。


 ★


「家族風呂とかいうのはここか」

「貸し切りなんて豪華ですね」


 俺達は一階を歩き回り、少し迷子になりながらも、目的地家族風呂に到着した。

 長い距離を迷ったから部屋に戻れるか心配だが今は家族風呂を楽しもう。


「さ。行きましょう」


 俺達は中に入る。

 服を脱いで風呂場へ出た。


「おおっ。豪華だな」

「これが本格的なお風呂なのですね」


 数歩歩きながら中を覗く。

 その内装ないそうに少し見惚みとれながらも気付きダリアにうながす。


「早く入ろうか」

「そうですね。時間が限られていますし」


 そう言いながら風呂の外に書いてあった手順通りに体を流す。

 温かいお湯を贅沢ぜいたくに使い、体にかける。

 流し終えて隣を見るとそこには体をほてらせたダリアがいた。


 白い肌をしているせいだろうか、赤みが際立きわだつ。しかしその美しさはおとろえず、むしろ彼女を魅力的にしている。髪からしたたる水滴を追うとキュッとしたクビレとひかえめなヒップが目に入る。

 ……いつも見ているが、いつもとは違う魅力を感じるから不思議だ。


「どうしましたか? ゼクトさん」

「……いや」


 すぐに顔をらして腰を上げる。

 先ににつかるとダリアもポチャリと音を立てて俺の隣を陣取った。


「……今が夢のようです」

「大丈夫だ。今は現実。ダリアの妄想へきは知っているが、現実だぞ」

「失礼ですね」

「はは。冗談だ」

「知ってますよ。そのくらい」


 ダリアはプイッと顔を逸らしながら少し可愛く笑い声を上げる。それにつられて俺も少し笑ってしまった。

 俺とダリアの付き合いは長い。

 しかしエルフ族のダリアの寿命に比べて人族である俺の寿命は短い。


 この一時、新婚旅行をかけがえのないものにしないとな。

 そう思いながらも俺は夜空を見上げた。


———

 後書き


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