第六十八話 冒険者ギルド

 俺の前で多くの冒険者達が依頼を取り合っている。

 ダリアと結婚して早く冒険者ギルドに来るようになって見かけるようになった光景だ。

 しかしあまり激しくはない。

 これが王都の冒険者ギルドとかになると殴り合いにまで発展するのだが、この村の依頼争奪戦は比較的おだやかだ。


「依頼を取りに行かなくても良いのか! 」


 行きたくてうずうずしているホムラがいう。

 ミズチは群がる人の様子を侮蔑ぶべつちた目線で見ている。それに反応して冒険者の一部が一度こちらに目をやり、依頼争奪戦を再開した。

 彼の顔を少し赤かったは気のせいと思いたい。


 小さい背丈せたけに可愛らしい顔。綺麗な青い髪に氷の様に冷たい雰囲気。

 そんな彼女だが、一部冒険者達の中で人気があるらしい。

 何でもその冷たい目線がくせになるとか。


 正直何を言っているのかわからない。いやわかったらダメな奴だろう。


「ゴミ虫。お姉様が行きたいと言っているのが聞こえないのか! 」

「聞こえている。だが、ダメだ」

「ううう……やっぱりダメか」

「貴様は本当にゴミ虫だな。お姉様を悲しませるなど万死ばんしあたいする! 」

「……お前達があの輪に行くと冒険者達が全滅するんだが? 」


 それを聞くと二人共少し黙った。


 彼女達は精霊人形エレメンタル・ドールとやらに入っている。

 それは良い。

 だがその精霊人形エレメンタル・ドールとやらが厄介で、異常な強さを誇っている。

 その力を完璧に制御できていたら俺も止めはしない。

 だが、——ミズチはともかく——ホムラは力加減が苦手だ。

 なので彼女をあの輪に入れるとこの村の冒険者達が仕事に出ることができない状態になる訳で。


 俺が言いたいことが彼女達に伝わったのだろうか。

 ホムラをチラリと見るとミズチと大人おとなしく談笑だんしょうしていた。


「……そろそろか」


 ダリアに合わせて早くギルドに来ているが俺が動き出すのはもっと後。

 他の冒険者達が残した依頼を受けている。


 机を台にして席を立つ。

 赤い影を視界に入れながらも依頼ボードの所へ。

 何枚か残っている依頼を見ながら「少なくなったな」と思った。


 前はここまで少なくなかった。

 依頼が少ないのではない。いつも受けていなかった、あまり旨味うまみの少ない依頼を他の冒険者達が受けるようになったのだ。


 これは本格的に他の職業を見つけるか?


 俺は修復リペアと言う魔法を使うことができる。

 冒険者をしていることもあって体力には自信がある。

 前から話はあったので大工系に転身てんしんしようか思っていたりする。


 これが結婚前ならば「まだやれる」とっていただろう。

 悲しいかな、長い事ひとり身が続いたおかげで貯蓄ちょちくは多い。

 もっとゆっくりと大工系に転身しようと考えていたのだが、俺には妻がいる状態。


 急いだほうが良さそうだと思いながらも一枚の依頼を手に取った。


「【業務の補助】? 」


 赤く長い髪を俺の肩にらしながらホムラが覗いて来る。

 振り向かず、説明した。


「依頼主はラックさんだな」

「ああ……、あの犬獣人の」

「そう。初老に入っているし、いくら獣人とは言え運ばれてくる荷物を運ぶのが大変なんだろう。その補助だな」

「そんなもの店員に任せれば良いだろ? 」


 俺が説明しているとミズチの声が聞こえて来た。


「ラックさんは一人で店をやっているんだ。それは無理」


 ミズチが「ふん」と鼻を鳴らす音が聞こえる。

 俺とホムラが接近しているのが気に入らないのか?


 少し疲れながらもべりっとボードから紙をがす。

 茶色い依頼書を手にして俺は受付へと持っていった。


「依頼を確認しました」


 ダリアがそう言いサインをした紙をこちらに渡してくる。

 俺達は見送られながらも冒険者ギルドを出て行った。


 ★


「ありがとうございます」


 初老に入った犬獣人のラックさんがいう。依頼達成のサインをかいた依頼書を俺に渡し受付の椅子にちょこんと座った。


 ここはラックさんの店の中。

 今は開店前と言うことで品物しなものそろえていたりする。


「ゼクトさんはもう新婚旅行に行ったので? 」


 ホムラとミズチが店内を見て回っている中、ラックさんが突然そんなことを聞いて来た。


「新婚旅行? 」

「ええ。新婚旅行」

「それ……なんですか? 」

「今この国で結婚した人に流行はやっている遠出とおでです。前に王都から来た商人がそのようなことが流行っていると言っていましたので、耳にしているかと思ったのですが」


 へぇ、そんなものがあるのか。


「それ、貴族だけの話じゃないのですか? 」

「いえそうでもなさそうですね。安全が確保された道が幾つかあるようで、私達の様な一般人の新婚さんも行くようで」


 思いで作りにね、とラックさんが付け加えた。

 

 思い出作りか。

 それは良いな。

 安全な道があるのならば行ってみたい。


「ゼクトさんも最近結婚したばかり。行ってみては如何いかがですかな? 」

「……ダリアに聞いてからだな」


 恐らく「行く! 」と飛びつくだろうと思いながらも開店前の店を出る。

 ダリア帰宅後彼女に話した。


 ★


「行きます! これは行くしかありません! 」


 夕食後、ダリアにラックさんとの話を教えると、最近テンションがおかしいダリアが更にテンションを上げて俺に顔を近づけた。


「ま、まぁ落ち着け。そう言うと思っておすすめの場所を聞いて来たから」


 金色の瞳を引きがしながら彼女に言う。

 興奮収まらないのか顔が赤い。

 押さえつけながらも彼女を椅子に座らせて詳細を言った。


「ラックさんのおすすめはここからはるか北の領地ゼトロス伯爵領らしい」

「そこには何があるのですか? 」

「何でも色んな水がき出るとか。それに浸かりながら町を楽しむらしい」


 俺の言葉にダリアは首をグイっと横に傾けた。

 うん。その気持ちはよくわかる。

 言ってみればわかるらしいとラックさんは聞いたらしいが本人もわかっていなかった。

 よって今説明している俺もよくわからない。


 首をひねっているとホムラの声が聞こえて来た。


「それは温泉ではないだろうか? 」

「「温泉? 」」


 俺達が聞き返すと大きく頷く。


「私達が作られた場所にも多くあったのだが……。そうか。この国にもあったか」

「……場所がだいぶ違うが同じものがあるのか? 」

「全くの一緒ではないだろうな。しかし自然とはその地にいる精霊の存在比で決まる。似たようなものがあってもおかしくはない」


 今サラっと重要なことを聞いた気がする。

 がそれを気にせず俺は聞いた。


「その……温泉とやらは何をするところなんだ? 」

「そうだな。ここで作っている風呂を大きくしたものと考えれば良い」

「大きなお風呂ですか」

「お姉様の話に加えるのならば疲れをとったりすることができるようで。ワタシ達精霊にはわかりませんが。まぁ観光には良いでしょう」


 ミズチが興味無さそうに付け加えた。

 やたら大人しいのが気になるが、疲れをいやしながらの観光かんこうか。


「その領地がどんな所かわからないが、もし発展しているのならば食事も期待できるだろう」

「ならそこに行こうか」

「「「はい (ええ) !!! 」」」


 ん?

 返事が二つ多くないか?


「待て、ホムラとミズチ。お前達もついてくる気か? 」

「もちろんだ! 」

「お姉様がいる所がワタシがいる所。そんなこともわからないのか、ゴミ虫! 」


 それを聞き頭を抱える。

 遠慮えんりょというものを知らないのかこの二人は。

 いや精霊だからな。知らなくても当然かもしれない。

 俺とダリアの二人で行きたかったのだが、目を輝かせる精霊二人を見ると断れない。


 結局の所ダリアの了解が出てホムラ達も旅行について来ることになった。

 

 新婚旅行ではなくなっている気がするのは気のせいだろう。

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