終章 Dear my fairy

第六十七話 新しい日常

 朝、訓練でかいた汗を布で拭き、軽い朝食を作り終えた後、寝室へ向かう。


「むにゃ……」


 扉を締めベットがある方へ向かうと一人のエルフが俺のベットで寝ていた。


「ダリア。そろそろ起きろ」


 妻ダリアに声をかけるが反応がない。

 はぁと溜息をつき「仕方ない」と思いながらも更に近くによる。


 訓練に行く時開けた窓から日差しが差し込む。

 少し触れるのを躊躇ちゅうちょさせるほどに綺麗な白い肌が俺に「待った」をかけるが、起こさないと本格的にまずい。

 主に彼女の仕事が。


「ほら、ダリア。起きろ」

「……ゼクトさん~の~」

「いい加減起きないとギルドに遅れるぞ」

「マグナムスイッチフォォォォ!!! 」


 ガバっと彼女が起きる。

 い、一体どんな夢を見ていたんだ。

 俺が驚き彼女を見ているとダリアは「ハッ」とした様子で俺をみた。

 嘆息していると、ようやく彼女は状況に気が付いたのかプルンとしたピンク色の唇をゆっくりと開けた。


「……夢でしたか。勿体もったいない」

「何がだ。まぁ良い。起きたなら支度したくだ。仕事に遅れるぞ? 」


 はぁい、という彼女の言葉を背にして俺は部屋を出て階段を下りた。


 数か月前、俺とダリアは結婚した。

 色々とあったがこれと言って事件のようなことはなかった。

 周りに茶化ちゃかされるのもそろそろ落ち着いて来た頃で、俺達に新しい日常が訪れようとしている。


 しかし一つ誤算ごさんがあったとするのならばダリアのテンションがおかしい事だろう。

 いや常に彼女はハイテンションアタックを仕掛けてきたが、結婚してから更に勢いを増している。


 落ち着く所か日に日に増していくテンション。

 誰かが「結婚すれば落ち着くだろ」と言っていたのを思い出しながらも台所へ向かう。


「落ち着くどころか加速して行っているんだが」


 俺はポツリと呟きながら出来上がっているスープをおわんに入れる。


「何が加速しているんだ? 」


 四人分料理を出し終えた所でホムラが声をかけて来た。


「ダリアの事だよ」


 俺が答えると「あぁ」と苦笑いしながら彼女は食事を運ぶ。


 赤い瞳に長く赤い髪をした長身の彼女はホムラ。

 白い肌をし人間の様に受け答えするが、彼女は中に火の精霊が入った精霊人形エレメンタル・ドール

 つまり人ではないということだ。

 正直彼女達がどんな仕組みで動いているのかさっぱりだが、今となっては妻ダリア公認の同居どうきょ人となっている。

 

 ダリアはエルフ族である。

 エルフ族を含む妖精族の中には精霊信仰している者が多く、精霊はうやまう対象。

 かくいうダリアもその一人で、そのおかげもあってか旅人ホムラ達は俺達と同居している。


 俺も一緒に食器を運ぶ。

 するとその先に水色の髪をした小さな女性——ミズチがいた。


「……ホムラお姉様に給仕きゅうじ真似事まねごとをさせるとは許しがたし。やはり一度このゴミ虫を駆除くじょした方が良さそうですね」

「止めろミズチ」


 ホムラに止められ彼女はすぐに口を閉じる。

 俺を見るなり罵詈雑言ばりぞうごんを吐く彼女もホムラと同じ精霊人形エレメンタル・ドール

 そしてホムラ以外を敵視する問題児。


 彼女はホムラがこの家に住むということでこうして一緒に暮らしている。

 しかしその態度は最悪そのもの。

 締め出したいが、返り討ちになるので彼女の気の向くままに放置していたりする。


 食べ物を置き終えると階段の方から足音が。

 扉が開くと冒険者ギルドの受付嬢の姿をしたダリアが姿を現した。


「遅くなりました」

「いや本当にな」

「……そこは「大丈夫」と言って欲しい所ですが」

「ならば早く起きることだな」


 ダリアが席に着くのを確認する。

 そして祈りを捧げて食事をとった。


 ★


「今日は何の仕事をするんだ? 」


 隣を歩いているホムラが聞いて来る。

 ん~、と少し考え答えた。


「ギルドに行ってからだな」

「私は討伐系が良いな! 」

「討伐系にしなさい、ゴミ虫」

善処ぜんしょする」


 相変あいかわらずミズチの「ホムラ優先」がすさまじい。

 その反対側をダリアが歩いているが、見ると苦笑いを浮かべているだけ。

 これが他の人だとすぐに突っかかるのだが、相手が精霊だと彼女は何も言えないようで。

 少しはミズチを止めてくれ、と思いながらも村の人達に挨拶する。


「おはようございます」

「あら~、おはよう。今日も仲がいいわね」

「結婚早々に仲が悪い家庭ってありますかね」

「あるわよぉ。結婚する前から険悪けんあくだった人達が多いけど」

「……それ何で結婚したんですか? 」

「嫌い嫌いも好きのうち、ってことよ」


 じゃぁね、とだけ言い、早朝の奥様は去った。


 すれ違う村人達に挨拶しながらギルドを目指す。

 挨拶するたびに足は止まり、そして茶化される。

 それを繰り返していくのだが、誰もが仲が良い事に触れた。


「そんなに仲の良い新婚が珍しいのか? 」


 他の家庭はどれだけ仲が悪いんだ、と思いつつダリアに聞く。


「仲が良いことが珍しいというよりも、私とゼクトさんが一緒に出勤しているのが目新しいのでは? 」

「そのための話題作りってことか。だが喧嘩している家庭があるのは本当なんだよな? 」

「皆さん元気ですから」


 少し苦笑気味に彼女が見上げて来た。

 あまり答えになっていない気がする。

 あり余った元気を喧嘩で発散しているのか?

 しかし俺が知っている人達は誰もが優しい人達だ。

 そんな印象はないのだが。


「ホムラお姉様。やはりワタシ達も結婚しましょう! 」

「結婚は異性がするものだと思うのだが」

「ワタシ達は精霊。人がさだめたルールに従う必要などありません! 」


 ミズチが堂々と言う。

 確かにそうだが、かかわりを持っている間はせめて人のルールに従って欲しい。

 だが彼女達精霊の結婚概念がいねんはどうなっているのだろうか?


「基本的に結婚はしないな」

「そうなのか? 」

「あぁ。といっても人の真似事で結婚のようなことをする精霊もいるようだが、少なくとも私達がいた所ではなかったな」

「……ならば今でこそ人間の文化に触れたお姉様がワタシと結婚するべきです! 」

「確かに人間達と触れ合うために精霊人形エレメンタル・ドールで来たが……」


 ホムラが戸惑いながら言う。

 彼女としてはあまりミズチと結婚したくないようだ。

 精霊が結婚したらどうなるのかわからないが、少なくとも望まない人の結婚は不幸を呼ぶ事が多いと聞く。

 無理して結婚しなくても良いぞと言ってやりたいが、ミズチに殺されそうなのでやめておいた。


「つきました」


 ダリアの言葉で俺達は止まる。

 そして行き慣れた冒険者ギルドを見上げ、入った。

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