第三十六話 やってきたダリア

 ダリアの申し出を受けた後、一先ず広間へ向かう。

 扉を開けるとダリアが「おじゃまします」と言い、入る。

 少し動きが止まったかと思うと、すぐに動き出し、挨拶の声が聞こえてきた。


「おはようございます、ホムラさん」

「おはよう、だな! ダリア」


 二人が挨拶する中オレは移動。

 椅子に座り、ホムラと対面する。

 オレが座るとダリアも動き、隣の椅子に陣取った。


「そう言えばダリアは今日冒険者ギルドは良いのか? 」


 隣に目をやり聞いてみる。

 すると金色の瞳が俺をとらえた。


「大丈夫です。ある程度書類は済ませました。それに職員はそれぞれ——定期の休みとは別に——休みを取っているので」

「どういうことだ? 」


 少し気になる事を言うダリアに聞いてみる。

 そう言われるのを予想していたのかすぐに答えてくれた。


「職員の多くはこの村の住民です。先日の賊の侵入により家がらされた人も少なくありません。よってそれの片付けが必要ということですね」


 なるほどな、と軽く頷きあることに気が付く。


「そうえいえばダリアの家は何か盗まれていなかったのか? この前ダリアの家に行った時は大丈夫そうだったが」

さいわい私の家は何も無かったですね。恐らく、奥へ行くつもりもなかったのでは? 」


 確かに、と思い机にひじをついた。

 そもそも賊達は村での盗賊行為を優先していた。

 何やら会話からきな臭い話が聞こえてきたが、それを抜きにしたらそもそも夜の森近くの家に向かう必要性はない。

 何せ森から出てきた動物やモンスターと出くわす危険性もあるわけだからだ。


「賊にしては理知りち的だな」

「そうでしょうか? そのまま森へ抜けるという選択肢もあったと思うのですが」

「盗賊行為をしたあと森に身を隠すというのは普通だろうな。だが森に逃げた所で違う脅威がある」

「モンスター、でしょうか」

「どちらかというとイノシシのような動物だな。モンスターよりも凶暴だからな、ここの動物は」


 どちらにせよ夜の森というのは脅威でいっぱいだ。

 だがホムラには不思議と感じ取れたのだろう、彼女は小首こくびを傾げた。


「私のイメージだと賊は森にいるものだと思っていたのだが」

「恐らくこの周辺はあいつらにとって初めての土地なんだろう。だから入っても拠点きょてんがない。ならば一時的に襲った村に拠点を作り、安全を確保しながら森を移動するつもりだったんじゃないのか? 」

「その前に討伐されそうですけれど」

一夜いちや明かせれば、リリの村の向こうは山脈だ。幾らでも追手から逃げることができる。それにミスラ村で聞いた話だと周りを荒らしまくっていたそうじゃないか。恐らくだが、リリの村での襲撃が成功したらそのまま山脈に入り、追手を算段さんだんだったんじゃないのか? 」


 そう推論すいろんを立てて話していると「ぐぅ」と可愛らしい音が隣から聞こえてきた。


「……すみません。朝食を抜いて来たので」


 と、ダリアが耳を赤らめこちらを見上げてきた。


 まさかとは思うが朝食をたかりにきたんじゃないだろうな?


 ★


 ダリアの手料理ほど危ないものはない。

 あれは料理ではない。

 一種の錬金術で作った毒劇物と言っても過言かごんではない。

 よって彼女をオレの家の調理場に立たすわけにはいかない。


 ならばいつもはどうしているのかというと、朝食は市場で買ったものを食べているようだ。

 恐らく今日はそれを抜いて来たのだろう。


 そんなダリアには昨晩作っていたありあわせの食事をホムラの精霊魔法で再度温め直してダリアに振るまった。

 ホムラも大分手加減というものに慣れて来たようだ。

 うつわごと丸焼きにしていたあの時から考えると物凄い進歩しんぽ

 感慨かんがい深い。

 だがダリアはそう思っていないらしく、ぐつぐつと沸騰ふっとうし蒸気を立てるスープに顔を引き攣らせている。


「あの……。冷やしても、いいですか? 」


 ダリアが顔を上げてホムラをみた。

 すると彼女は首を縦に振って「構わないぞ」と言う。

 安堵あんどしたのか腰にしている魔杖ロッドに手をやり冷却クールの魔法をかけた。

 ダリアの魔力操作がうまいおかげか、時間をかけて徐々に冷えていくスープ。

 それを見つつも黒パンを彼女の前に置き、オレは椅子に座った。


「ありがとうございます」


 冷やし終わったようだ。

 適温てきおんになったスープからオレの方へ顔を上げてお礼を告げた。

 オレも「構わんよ。このくらい」と言い、ダリアが食事をし終えるまで、今日どんな順番で村を周るか考えるのであった。


「ごちそうさまでした」

「お粗末そまつさま」


 ダリアが食事を終えた。

 食器を片付けるために調理室へ。

 手に持つ食器をあらかじめ張っておいた水につける。

 すると後ろから声が聞こえてきた。


「手伝いましょうか? 」


 振り向くと、やはりダリアだった。

 そこには如何いかにも「お手伝いがしたい」という表情が見えた。

 だがダリア。朝はつけるだけで十分なんだ。汁物しるものと黒パンだけだったから、洗い物と言ってもあまりないのだ。


「いや、大丈夫だ。つけるだけだし」


 彼女にそう言うと「そうですか」と少しトーンが低い声が聞こえてくるが、それを気にせずパッパと手の水をきる。


「後はこれを置いておいて、帰ってきたら洗うよ」

「何もかもすみません」


 なにを今さら、と思う。ま、恐らく迷惑を掛けたとでも思っているのだろう。

 が、どちらかというとオレの方が彼女に迷惑を掛けている。

 何せオレを引き連れてこのリリの村まできたのは彼女だからだ。

 しょぼくれた顔をしているが、本来このくらい気にする必要はない。


 少し振り返り、今まで彼女にどれだけ助けられてきたことか思い出す。

 確かに物理的なことやこういった家の仕事はオレがほとんどやっている。

 表だって言わないがここまで折れずに、曲がらずにやってこれたのは彼女のおかげ。

 だから彼女の方へ向かい笑顔で言う。


「今日は補助してくれるんだろ? それでおあいこだ」


 そう言うと顔を上げ、少し明るい顔になった。


「そうですね。おあいこですね」


 なにが琴線きんせんに触れたのかはわからないが元気が戻ったようで何よりだ。

 ホッとしながらも「さぁ行こう」と扉の方へ歩こうとするとダリアがオレの手を取った。


「ええ、行きましょう」


 そう言い捕縛されたオレの手はそのまま引き寄せられて、腕が吸い込まれるように胸にダイブし、オレはそのままこの家を出るのであった。


 前言撤回ぜんげんてっかい

 おあいこではなく過剰だ。

 そして彼女の胸は、温かい。

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